成果報告
2022年度
SM研究:支配と暴力をめぐる欲望の歴史・文化・実践
- 福岡女子大学国際文理学部 講師
- 河原 梓水
1.研究の目的
サドマゾヒズム・SMは、支配や暴力そのもの、あるいはこれらを介する関係を求める欲望であり、現代の規範的な主体のあり方とは対立的なものといえる。従ってSM研究とは、近現代社会における主体および親密な関係についての規範を再考する学問領域であり、重要な意義を持つ。本研究では、インタビューやフィールドワークによって現代のSM実践者の営みを射程に入れながら、歴史的事実をしっかりと積み上げ日本におけるSM文化の成立と展開を明らかにし、現代社会におけるその意義を問う。これを、日本にSM研究という学問分野を打ち立てるその一里塚として実施することを目的とする。
2.研究方法、得られた成果
第一に、4名のSM実践者にインタビューを実施した。内容詳細はプライヴァシー保護のため省略するが、結論として、SM実践には、現在の主流の議論では病の「症状」(例:トラウマの再演)と判断されるであろうものが多く見いだされた。さらに、必ずしも明確な同意や対等性は必要とされていないどころか、忌避される傾向すら見いだされた。しかし実践者たちは、この状況を肯定的、あるいは最善のあり方としてポジティヴに語った。
第二に、1950~80年代のSM雑誌・スポーツ新聞等の網羅的調査から、商業SM文化のうち、特にSMクラブ・バーの成立過程を解明することをこころみた。すなわち、SMクラブの萌芽と考えられるものは小規模な非営利の会員制サークルで、1950年代半ばごろから雑誌に現れる。60年代半ば以降、バーを併設したアダルトグッズショップが全国にできプレイ斡旋を担うようになる。日本で初めて開店したSMクラブは、1966年頃、大阪にオープンした「クラブ・レイ」だと考えられる。レイはスナック形式のバーだったが、プレイ斡旋を行っていた。これらのサークルやバーが1970年代後半、現在のSMクラブへつながる形態へと展開していくと考えられる。
3.課題と今後の予定
当初の予定では、異性愛の商業SMに加えて、トランスジェンダーやレズビアンによる商業SM実践も研究対象としていたが、それぞれにかなりの構造・特色の相違があることがはっきりし、さらに、異性愛に限っても男性と女性の立場が逆の場合、フェミニズムやジェンダーの観点からみて議論の前提が大きく変化するため、たんに異性愛というだけでまとめて論ずることは困難だという見通しを得た。そのため、トランスジェンダーやレズビアンによるSM実践は参考にとどめ、S女性とM男性のカップリングに焦点をあてて進める。
この度の調査で、SM実践には、虐待や共依存的なDV関係、性暴力など、関係性をめぐる暴力とSMとの類似性が見出されたが、しかしながら、そのような「病的」なあり方が、実際には救済や希望として実践されていることもはっきりと明らかになった。したがって、現に行われている実践を否定的にとらえるのではなく、近代的な主体像を再考するものとして肯定的に検討していくことを目指す。以上をとりまとめ、2024年度中に、大阪大学出版会より研究書を刊行する予定である。
2023年8月
現職:福岡女子大学国際文理学部 准教授