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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2022年度

東シナ海域における「国境離島」の比較研究

早稲田大学高等学院 教諭
柿沼 亮介

1.研究目的・概要  本研究では、東シナ海域における〈国境離島〉について、政治的に帰属する国家による支配のあり方や地域の歴史・文化・社会・行政などを比較・検討することで、地域の視点から近代国家像や境界性の脱構築を図ることを目指している。目的達成のため、歴史学や文学、政治学、国際関係論、地域研究、社会学、地域振興、軍事・防衛など、ディシプリンの異なる様々な分野の研究者・実務家の協業による共同研究を行っている。初年度である2021年度は、沖縄島と八重山諸島における現地調査を実施し、対馬と対比することで、異なる〈国境離島〉どうしの比較可能性について検討し、公開シンポジウム「『国境離島』としての対馬・八重山 ―『境界』から考える 移動・ネイション・アイデンティティ―」をオンラインにて開催した。
 継続年度となる2022年度には、八重山諸島と中華民国領の金門島に関する研究を行った。八重山では、沖縄(琉球王国)や台湾との交流の歴史的展開や、現在における関係性について比較・検討し、さらに「台湾有事」をめぐる住民の動向について調査した。金門では、台湾島や中華人民共和国の廈門との関係について比較・検討するとともに、「小三通」の現況や新型コロナウィルス感染症の影響、「台湾有事」についての住民の認識について調査した。これらを通して、政治的に帰属する国家と「国境」を挟んで向かい合う国家との《結びつき》と《断絶》の実相に迫り、〈国境離島〉において展開されてきたヒトとモノの往来が、島民のアイデンティティ形成や国際情勢に対する認識に与える影響について検討した。
 研究メンバーの構成・役割は、次の通りである。研究代表者である柿沼亮介(早稲田大学高等学院教諭)は日本古代史・東アジア交流史を専門とし、「辺境島嶼」を歴史的視点から比較するとともに、共同研究全体を統轄し、分析概念としての〈国境離島〉概念の創出、定義を行った。屋良健一郎(名桜大学上級准教授)は琉球・沖縄史や中世対外関係史、和歌・琉歌を専門とし、琉球・沖縄における対外交流や文化の混淆、琉球・沖縄と八重山との関係について分析した。平井新(東海大学政治経済学部特任講師)は国際関係論や台湾研究を専門とし、八重山や金門島の地政学的な位置づけと島民のアイデンティティについて検討した。城田智広(高崎市役所主事)は対馬市島おこし協働隊としての勤務経験をもとに、対馬や沖縄などの〈国境離島〉における地域振興の比較を行った。岡本紀笙(民間企業勤務)は中国政治を専門とし、中国政府の東シナ海における安全保障政策と、与那国島や石垣島における自衛隊配備について分析した。さらに継続年度には鄭淳一(高麗大学校副教授)が研究メンバーに加わり、東アジア海域史を専門とする立場から、朝鮮半島沿岸の島嶼について検討した。

2.研究の進捗状況・成果  2021年度の研究成果と2022年11月に実施した沖縄・与那国・石垣での調査結果の分析を踏まえて、2023年5月に公開シンポジウム「八重山から見た沖縄と台湾 ―〈国境離島〉に顕れる「帝国」と地域の秩序―」をオンラインにて開催した。このシンポジウムでは、沖縄や台湾をめぐる国際関係や歴史、文化、住民のアイデンティティについて、〈国境離島〉としての八重山の視点から検証することで、「帝国」が地域の秩序に与えてきた影響を明らかにすることを目指した。研究メンバーの他に、八重山の歴史や民俗に関する研究を行ってこられた得能壽美氏と、八重山と台湾との交流に迫ってこられたジャーナリストの松田良孝氏をお招きし、以下のような研究報告を行った上で、屋良健一郎をコーディネータ、鄭淳一と城田智広をコメンテータとして総合討論を行った。
柿沼亮介「〈国境離島〉と『帝国』」 得能壽美「八重山の歴史と『境界性』」 岡本紀笙「自衛隊をめぐる八重山と沖縄」 松田良孝「八重山と台湾の交流」 平井新 「『台湾有事』論と八重山」 このシンポジウムを通して、日本、琉球、中国、米国といった「帝国」が八重山の歴史や地域秩序に与えてきた影響や、現在の八重山の人々の意識に顕れる「帝国」の残影について示すことができた。
 さらに2023年8月には、金門島と台湾における調査を実施した。現在はこの成果を分析している段階である。

3.研究で得られた知見 ・八重山は15世紀末以降に琉球王国の支配下におかれるようになるが、琉球王国による苛烈な支配の影響もあり、沖縄諸島の人々と八重山の人々の間では政治意識に違いが見られる。このことは石垣島や与那国島における自衛隊基地の配備・拡張をめぐる住民の動向にも影響を与えている。 ・金門島は台湾島と異なって日本帝国による植民地支配を経験しておらず、歴史的に福建と深い結びつきがあった。戦後は中華民国による「大陸反攻」の拠点として軍事要塞化されて地域の発展が抑制されてきたが、一方で対岸の廈門は経済成長を遂げ、金門の島民は廈門にビル群が立ち並んでいく様子を見せつけられてきた。また、「小三通」による廈門との交流は金門に多くの大陸の観光客を呼び込むこととなり、また水の供給も大陸から受けている。このように金門は、政治的には中華民国に属しながらも、大陸への経済的依存を強めている〈国境離島〉である。そのため金門は台湾人意識を醸成しにくい環境にあり、政治的にも国民党支持者が多い土地柄である。

4.今後の課題  東シナ海域の〈国境離島〉のうち、2021年度から2022年度にかけて対馬、八重山、金門について比較・検討してきた。対馬では歴史上、朝鮮半島に経済的に依存しながらも、政治的には日本に属してきたことから、朝鮮半島と日本列島の双方の中央政府との関係が重視されてきた。八重山では、台湾との交流の歴史や、琉球・沖縄と日本による二重構造的支配の経験から、琉球・沖縄とは異なる政治意識が育まれてきた。金門では、中華人民共和国との経済的な結びつきと中華民国との政治的な関係の両立が目指されている。このように〈国境離島〉の島民には、政治的に帰属する国家や、「国境」を挟んで向かい合う国家に対して、選択的に《接近》と《拒絶》を織り交ぜて接することで自分たちの存在価値を高めるしたたかさが行動原理として認められる。今後は、中華民国領の馬祖群島や大韓民国領の白翎島など東シナ海域における他の島嶼に関する調査を進めることで、〈国境離島〉概念の地域的・歴史的普遍性を示すとともに、島民の行動原理の理論化を図っていきたい。

2023年8月