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研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2022年度

東アジアにおける岩石信仰の研究――人生儀礼の視点より――

総合研究大学院大学文化科学研究科 博士後期課程
宋 丹丹

研究の動機、意義、目的
 本論文は身体と心性の視点から、岩石を用いた通過儀礼をはじめ、岩石にかかわる習俗や信仰などの考察を通して、岩石信仰の特徴を民俗学の方法論で分析し、岩石と人との関わりを解明するものである。
 人間は自然に取り囲まれて生活している。そして、五感を通して自然を認識し、利用して生きてきた。また、山や川、森などの自然環境から人々の生業や信仰などが培われてきた。岩石は、動物や植物と並んで自然の主要な構成要素の一つであり、人々の営みによって日常生活のなかに取り入れられ、現在まで伝承されてきた。なかでも、人の誕生から死までの各段階に行われる通過儀礼には、岩石が用いられる場合が多い。例えば安産の鎮懐石、病気平癒の岩神、死者の枕としての枕石などである。
 岩石信仰に関する研究は、民俗学をはじめ、宗教学、考古学、歴史学など多様な分野から行われてきた。しかし、岩石がいかに人々の生活の中に取り入れられてきたのかについての研究は、あまりなされてこなかった。そのため本論文では、岩石信仰に関する先行研究をもとに、岩石を用いた通過儀礼に注目し、身体と心性の視点から岩石の意味づけ、特徴やその信仰を明らかにする。それを通して、岩石と人間の関係性を考察することを目的とする。なお身体と心性の視点は、小松和彦がよりリアルな民俗社会を描き出すため、感性とそれによって引き起こされる生理に身を寄せて、身体と心性の関係に注目して構築を試みた「感性の民俗学」に依拠している。
 従って本論では、自然物としての岩石が通過儀礼のなかでいかに用いられてきたのか、さらにいかに日常生活や信仰のなかで取り入れられたのかに注目し、身体と心性の視点から、博士論文では、「通過儀礼と岩石」(第二章、第三章)、「日常生活と岩石」(第四章、第五章)、「境界の岩石」(第六章)および「中国の岩石信仰」(第七章)といった章立てで分析した。この研究をもとに、中国の岩石に関する信仰や習俗についても同様の視点から資料収集と分析を行う。将来、日本と中国の岩石信仰の比較研究を行い、さらに東アジアの岩石信仰全体について分析する。

研究成果や研究で得られた知見
 本年度は、博論の後半部分を中心に取り込んできた。具体的な進捗状況は下記の二つである。
 まず申請者は一次資料を集めるために、日本の各地をはじめ、中国の雲南省や山東省などでフィールドワークを行った。例えば、日本の石川県金沢市にある金澤神社の「いぼとり石」をめぐって、聞き取り調査を含むフィールドワークを行ったことによって、病気にまつわる岩石の習俗や儀礼のなかで、岩石の機能、特徴、現状などを明らかにし、「病気にまつわる岩石の習俗・儀礼」という一章を完成した。また、中国の勐海県勐海鎮曼短村曼臘における「寨心石」(集落の中心地に立てられた石であり、、村の守り神である)をめぐって、中国の岩石信仰と産育儀礼の特徴を一部に明らかにした。フィールドワークによって、入手したデータをもとに、第七章「中国の岩石信仰と通過儀礼」を完成した。
 博論の執筆のほかに、筆者は2023年11月に清華大学・国際日本文化研究センターが主催した「日中異界想像」にて「日中怪異と岩石信仰」というタイトルで口頭発表を行った。それによって、自分の研究を中国で発信することができると同時に、中国の民俗学者とも交流することができた。さらに、北京の中国中医科学院针灸研究所博物馆(中国中医科学院・鍼灸研究所の博物館)、中国中医科学院中国医史博物馆(中国中医科学院・中国医史の博物館)、故宫博物院清宫医药文物展(故宮博物院「清代医薬遺物展」)を見学し、民間医療と岩石信仰に関する貴重な資料を得ることができた。
 また、中国中山大学が主催した『西医東漸与東亜女性医療的在地化』にて「岩石信仰と女性の産育習俗ーー近代日本を中心に」と題する口頭発表を行い、専門家から有益なご意見をいただいたのみならず、具体的な岩石を用いた中国の産育習俗に関する情報を入手することができた。

今後の課題・見通し
 今後はとりわけ中国の岩石の習俗や儀礼を中心に進めていく。特に、筆者が拠点としている中国の雲南省における岩石を用いた儀礼や習俗に関する事例を収集していきたい。雲南省は少数民族が多く、少数民族文化の資源が豊富な地域である。ここでの岩石信仰を研究することにより、少数民族の信仰の特徴を明らかにするだけでなく、少数民族文化を多面的に考察することができる。

 

2024年5月

※現職:雲南大学外国語学院 専任講師