成果報告
2022年度
中華人民共和国建国初期における国籍管理政策:「中国人」認定の再検討
- 東京大学大学院総合文化研究科 博士後期課程
- 景 旻
本研究は、筆者の博士論文「中華人民共和国成立初期における外国人管理」の一部として、中華人民共和国建国初期の国籍管理政策について分析する。
中国の国籍管理に関する先行研究は、基本的に1980年の国籍法が公表された以降の司法に関する研究である。国籍法がない時期について、華僑の二重国籍問題、中国残留外国人問題、及び辺境地域の少数民族研究などに関して国籍をめぐる議論は存在するが、国籍政策全般について詳細に系統的に検討するものは見られないと言える。しかし、新たに誕生した中国共産党政権にとって、国籍の認定と管理は内政ないし外交における重要な課題であり、その意義を次の三点に要約できる。
まず、中華民国政権から中華人民共和国政権に交代するという背景の下で、中華民国の国籍ではなく中華人民共和国の国籍の方が正当性を有することは、中国共産党政権の正当性と直接に関連していた。また、中国人の認定は実際に新政権の管轄対象である「国民」の範囲を定義しており、当時の国籍問題への対処を分析することで、政権の「内」と「外」の区別を分析することもできる。第三に、国内居住の中国人のみならず、中国に住んでいた外国籍住民及び海外に住んでいた中国人も管理対象に含まれるため、後者に関わる管理政策からは当時の中国政府の外交方針や対外理解を知ることができる。
上述の問題意識と先行研究を踏まえて、本研究は国籍法が公表される前の国籍問題に関して、地方公文書館が所蔵する一次資料に基づいて、具体的な案件をめぐる国籍の認定プロセスを実証し、政府の対応と意図などをさらに分析することを通じて、当時の中国政治と外交を再議論したい。
本研究の主な結論は以下にまとめられる。
第一に、当時の中国に居住または新規入国した人に対する国籍認定の一般案件をみると、まず、自分こそ中国の合法政権であるという主張を打ち出すために、新政権は成立直後、中華民国籍は無効であると宣言し、中華民国期に国籍変更を実行した外国人を元の国籍に復旧させた。同時に、中国人に対しては中華人民共和国籍が自動的に授与されると規定し、海外の華僑もその対象であった。
また、当時の国籍管理は、基本的に案件が発生してから個別に対処する方針になり、全国的な法律や規定が出されていなかった。個別処理の結果を見ると、関連する国との外交関係を配慮して中央の外交政策にあわせながら処理することが多い。例えば、朝鮮半島からの僑民を全部朝鮮国籍として認定し、旧ソビエット・ロシアの僑民を無国籍者として認定する事例などが挙げられる。
第二に、国籍変更の事例を見ると、中国籍に帰化ないし離脱することは非常に複雑な申請と審査が必要であった。中国籍に帰化する場合は、申請者と中国との関係性が重視されており、政治的審査や外国との関係評価も重要であった。そこで、特定国との外交関係を考慮しながら申請を許可または拒否する案件が見られる。例えば、50年代に北朝鮮やソ連の希望に対応して、中国人が朝鮮国籍またはソ連国籍に帰化する申請を許可し、逆に朝鮮人やソ連人の中国籍帰化申請を拒否する事例が挙げられる。
第三に、「越境」する人に対しては比較的に緩い特別管理が実施されていた。一方、海外華人に対しては当初、二重国籍を承認していたが、1955年にそれが廃止された。華僑・華人の帰国に便宜を図るため、国籍変更の手続きは系統化されるようになった。華僑の外国籍親族の帰化さえ、一部の基層管理組織や国有企業で上級からの任務と見做されることもあった。
他方、国境周辺特に少数民族が集まる地域は、歴史的要因、社会文化の違いと自然環境などの影響で、他国民と自国民の鑑別が困難であった。政府は当初この問題を重視しておらず、概ねとして長期に居住した人は基本的に中国籍の少数民族として受け入れる方針をとった。その結果、密出国者問題が時に発生し、辺境の国籍管理は混乱した状態が長く続いた。
国籍と直接に関連するのは住民が享受できる権利と義務であった。そこで特別なのは、中国籍に帰化した外国人や、中国籍から離脱した中国人などの存在である。彼らは政府から単純に「中国人」や「外国人」として扱われるのではなく、特別扱いされた事例が多い。例えば、外国人と中国人の間に生まれた中国籍子女は政府から仕事を分配される際に、辺境地域や秘密機構に配属しないように注意するという事例が挙げられる。まとめると、中華人民共和国初期における国籍政策は血統を重視する傾向が濃いという特徴が明らかである。中国に長く住んでいるにも関わらず帰化が難しい。帰化したのに政治参加において同じく国民として見做されない。これは、国家安全や政権正当性などのほか、血縁関係を重視する伝統文化の影響も大きいと考える。異なる国籍に基づく政治権利の違いを掘り下げ、そこから反映された共産党政権の対外認識と外交方針をさらに分析することは、本研究のこれからの課題である。
2024年5月
※現職:東京大学社会科学研究所 特任専門職員