成果報告
2022年度
惜秋の詩歌――『古今集』以前と以後――
- 国文学研究資料館情報事業センター国際連携部 機関研究員
- 具 惠珠
本研究は、古代日本における詩文表現の生成と変容の流れを文学史の展望の中で解きほぐし、日本の古典の総体を多角的に捉える試みの一環として、季節意識にまつわる規範の生成と展開という側面から平安詩歌を分析したものである。
平安初頭に律令体制の振粛再建策として推進された唐の制度文物の積極的な導入と、それに伴った宮廷の年中行事の整備は、以後の平安貴族社会における文化的な規範意識や知的世界の形成の主要な基盤となった。いわば王道善政の瑞徴ともなる順調な四季の運行に即して折節に実施される年中行事の儀式次第には文人賦詩が含まれ、律令国家の公的文学たる漢詩文の創作と享受が行われたのである。各行事は平安時代を通じてそれぞれ異なる消長変遷の様相を呈するものの、定例・臨時の行事に供される漢詩文――当座の盛儀、ひいてはその盛儀に徴表される王朝の隆盛を礼賛し場を彩る美的表現が、行事の繰り返しによって蓄積されていった。修辞的な彫琢を凝らして各行事の時候を典麗に言い表す手法も次第に定型化し、季節をめぐる美意識と抒情の形式が磨かれていったのだが、それは、平安文学において漢詩文と区別される表現の層を構成しつつ平安貴族社会という一つの文学環境を共有していた和歌とも有機的に連関していた。
例えば、文章経国を標榜し君臣和楽を現出した嵯峨朝の盛んな文事の結実である勅撰三集の『凌雲集』一巻(814)、『文華秀麗集』三巻(818)、『経国集』二十巻(827)を繙くと、主として中国六朝時代(3世紀初頭-6世紀末)の詩文を粉本としながら秋を悲しい季節として描出する作品が多く確認される。古代中国文学に起源する悲秋のモチーフが、平安朝の九月九日の重陽宴といった秋の遊宴の詩作に愛好されていた風潮は、平安貴族社会に悲秋の観念が広く定着する端を拓き、以降『万葉集』に例を見ない、秋の悲哀感を詠じた和歌の出現へと繋がった。醍醐朝に勅撰された『古今和歌集』二十巻(905、以下『古今集』と略称する)が収める和歌の歌風が『万葉集』のそれとの懸隔を示すところに漢文学の影響が大きいことはもとより、時間的推移に沿った『古今集』の四季歌の配列が、年中行事を中心に規範化された季節意識の整序という点で、単に『万葉集』と異なる編纂上の特徴としてのみ捉えきれない意義を持つことは、もはや周知の事実である。
ところで九世紀後半より、秋の終わりを惜しむ詩歌も見出されるようになるが、従来それらは悲秋と相反する惜秋の季節観を反映したものとされてきた。暦月意識に基づいて九月末日を秋の最後の日と捉え、九月が尽きるのを惜しむといった発想や表現は、仁明朝承和年間(834-848)将来の『白氏文集』に見える三月尽詩群――三月末日に際して春の終わりを惜しむ詩群――の摂取に依拠するところが大きいのだが、中国文学にほとんど類例を見ない惜秋の発想や表現の成立をめぐって、日本文学の独自性を強調する議論が重ねられてきた。すなわち中国文学の伝統的なモチーフたる悲秋と相対する日本固有の惜秋の意識が平安以前から存在していたものと説かれてきたのである。
しかし、はたして平安詩歌における惜秋と悲秋は二項対立の関係にあったのだろうか。本研究では、かかる問題意識から『古今集』成立前後の平安の漢詩文と和歌を中心に調査・読解を行い、先行研究の見取り図を問い直した。漢詩文から和歌へ、または和歌から漢詩文へという一方向的な影響関係の枠組みで平安詩歌を捉えるのではなく、両者の交渉により、いかなる美的典型が生成され、展開していったのか、という点に目を向け、平安時代の言語空間を立体的に把握することを目指した。
結論をいえば、悲秋対惜秋という硬直した図式から一旦離れて平安詩歌を吟味することで、惜秋が悲秋と対立するものとして平安以前にアプリオリに存在していたのではなく、平安初頭における悲秋文学の旺盛な創作と享受、『白氏文集』の三月尽詩群の受容を含む、いくつもの脈絡が複雑に絡み合う中で次第に明瞭化されていったものであることが明らかになった。漸進的な詩歌の表現の練り上げによって純化・抽象化を遂げた観念は、『古今集』の四季歌の配列など、季節意識の整序を結節点として、規範的な秋の美意識へと展開していったのである。平安における悲秋のモチーフの表現機能の変容を見据えてこそ、惜秋が新たなモチーフとして生成される軌跡が、整合性をもって理解されるのであり、「秋は悲しい季節である」という観念と、「秋は終わりが名残惜しい季節である」という観念とが一見両立不可能なもののように見えながらも、実は矛盾なく平安詩歌のモチーフたり得ているところに、平安の表現主題の特質が現れていると考えられる。かかる特質について、さらなる事例の分析を加えて解明することを今後の課題としたい。
2024年5月
※現職:東京大学大学院人文社会系研究科 博士課程