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研究助成

成果報告

若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(鳥井フェローシップ)

2022年度

「大正デモクラシー」は何を民主化したのか?――明治立憲制における非有権者の政治参加をめぐって

北海道大学大学院法学研究科 博士後期課程
山中 仁吉

【研究の動機、意義、目的】
 本研究は、戦間期日本で進展した「国民」の政治参加の拡大が、実際は多様性や複層性を備えていた点に注目し、男性―女性関係および本国―帝国関係から、「大正デモクラシー」と呼ばれる日本列島史上の現象を再検討する。本研究の問題意識は、二〇世紀前半の日本が権威主義体制の下で政党内閣制に移行することはよく知られる一方で、そこで論じられる民主化の多くが(内地在住)日本人男性の民主化だったことである。したがって、戦前日本の民主化を再解釈するために、女性の参加や脱植民地化という参加要求の多様性、それとともにジェンダーのみならず階級、居住地(内地/外地)、国籍、エスニシティなど「国民」の諸利害の複層性に注目した。
 本研究は、多様な社会運動が生起していく日露戦争後の一九〇五年から、満州事変を経て帝国議会への期待が失われていく一九三〇年代初頭までを分析時期(「大正デモクラシー」期と定義)と設定し、かかる時期に大きく争点化し、運動の組織化が行われた女性参政権に注目した。女性参政権運動は、男子普通選挙運動との関わりのなかで、諸利害にいかに関心を払いながら進められたのかを、利害のなかでもとりわけ階級に注目して検討した。
 上記検討を通じて次の二点に取り組むことを本研究は目的とした。
 第一に、「大正デモクラシー」期の政治体制における民主化傾向を女性要因から再定位する。日本における議会制の導入には女性の排除が伴っていたが、この政治体制が当該時期に男性の民主化とともにいかに変容したのかを、女性の民主化として説明する。
 第二に、民主化運動における協力可能性と困難を考察する。女性参政権運動は「中流階級の日本人女性の運動」に還元され、運動内の利害の複雑さや他の異質な利害に基づく社会運動との交渉は等閑視されてきたのである。

【研究成果】
 本研究によって得られた主な知見は、以下の二点である。
 第一に、女性参政権運動の指導者たちには、運動における参政権要求の優先度、議会制への信頼度、階級に対する認識について少なくない異同が伏在していたが、組織化に際して構成員が同意でき団体の一体性を維持しうる緩やかなコンセンサスが形成された。例えば平塚らいてうが中心となって結成された新婦人協会は、女性の政治活動を禁止した治安警察法改正運動を通じて、まず「中流階級」の女性の組織化を進め、次に重労働や性病に苦しむ女性を救済する事業を展開し、彼女らを含む一般大衆に対して世論を喚起しようとした。このとき「労働階級」の女性は組織化対象とは見做されなかった。後に女性参政権運動では乱立する女性団体をいかに糾合するかが課題となってくる。
 第二に、女性参政権を要求する対議会運動では当該時期の流動的な政治状況に対応して柔軟な戦略が採られた。新婦人協会は政友会一党優位の下で政党からの「中立」を掲げながらも貴衆両院や各政党の政治家へ旺盛な陳情を続けた。原敬歿後に高橋是清内閣を経て非政党内閣が連続するなかでは、幹部層が刷新された新婦人協会は革新倶楽部に期待をかけていった。しかし、護憲三派内閣が成立するも革新俱楽部の政界における存在感は低下し、再び政党からの「中立」が選択され、一九二四年に婦人参政権獲得期成同盟会(後の婦選獲得同盟)が発足する。
 以上の研究成果のなかで、一九一八~一九二〇年までの新婦人協会に関わる部分を山中仁吉「新婦人協会の成立―第一次世界大戦後における女性参政権要求の論理と運動戦略」(『北大法学論集』七四巻三号、二〇二三年)として発表した。また、これまでの助成対象外の研究の成果とともに、助成期間中に完了した(上記一九一八~一九二〇年の分析を含む)一九二五年までの研究成果は、山中仁吉「女性参政権運動の政治史―初期議会から「憲政の常道」まで、一八九〇~一九二五―」(博士学位論文(北海道大学))に結実した。

【今後の課題・見通し】
 一九二四年に成立した加藤高明(護憲三派)内閣から政党内閣の復活可能性が失われる岡田啓介内閣崩壊の一九三六年までに関する具体的な検討が不十分である。今後はかかる時期について女性参政権運動における協力やその困難を引き続き追跡するとともに、政党政治が女性参政権にいかに対応したのか/しえなかったのかを明らかにする。この作業を通じて戦前日本における政党政治の経験を女性の政治参加から総体的に問い直したい。
 以上の成果に基づいて、ジェンダーや階級以外の諸利害も検討対象に加えて、視野を戦時及び戦後に拡大することで、戦前の政治参加の経験が戦時の国家運営にいかに活かされ、さらにそれが戦後民主主義へいかに活かされたのかを明らかにしたい。

 

2024年5月

※現職:北海道大学大学院法学研究科 助教