成果報告
2022年度
核兵器をめぐる日米関係:抑止と軍縮の狭間で、1969―1979年
- 同志社大学大学院法学研究科 博士課程(後期課程)
- 石本 凌也
【研究の動機、意義、目的】
本研究は、米ソ核軍備管理交渉をめぐる日米関係を、両国それぞれの視点から検討するものである。1968年1月に、日本は初めて米国の核抑止力に依存するということを公言したものの、その翌年、米国とソ連が戦略核軍備管理交渉(SALT)を開始したことで、日米の間に核兵器をめぐる抑止と軍縮のジレンマが顕在化することとなった。日本は、唯一の「被爆国」としての立場および、米国の核抑止力に依存する「同盟国」という2つの立場から、この状況に無関心ではいられず、米国もまた、この日本の立場を認識していたし、ソ連との戦略問題であるSALTにおいて日本を無視できない状態にあった。当時のニクソン政権が、中ソとの戦略的関係にも日本を組み込んでいくことになったからである。日米両国ともに、この課題へ取り組む必要性が生じていた。
では、こうした状況において日本はどのように行動してきたのか、一方米国はそれをどのように受容、対応し、日本を自国の外交政策の中に位置づけたのか、日米それぞれの選択の背景には何があったのか。これらを明らかにすることが、本研究の目的である。
従来の研究においてSALTをめぐる日米関係は扱われてきたものの、研究範囲がSALT Iに留まっていたり、SALTから日米関係という一方向の分析視角が用いられてきたりと限界がみられる。これらを克服するために、2つの分析視角を設定した。第1は、米国の立場の分析を進める際に用いる視角であり、SALTにおける「客体」としての日本の位置づけと「主体」としての日本の位置づけの共通点や相違点に着目するものである。第2は、日本の立場の分析を進める際に用いる視角であり、反核および核軍縮推進を指向する「被爆国」としての立場と、米国の日本に対する拡大抑止の信頼性向上を目指し、自国の安全保障を優先する「同盟国」としての立場の2つに着目するものである。
こうした取り組みは、日米安全保障関係に関する歴史研究としての新規性を有するだけではなく、今日的意義もある。核兵器をめぐる具体的な課題が目の前に広がっている今日において日米が取る対応の構図は、SALTをめぐる日米関係の際に表出していた構図およびモードに沿っている。これを踏まえれば、本稿の視座は日米の対応の理解を促進するものであり、今日の問題を考える際にも極めて有用なインプリケーションをもたらすものとしても位置づけることができると考えられる。
【研究成果、得られた知見】
本研究で明らかとなったのは、「被爆国」としての立場よりも「同盟国」としての立場を優先する日本の姿であり、「主体」としての日本に対して、言説による心理的な安心の供与を繰り返す米国の姿であった。一方で、それらの背景や、「客体」としての日本の位置づけについては時期によって相違があることも明らかとなった。
日本がSALTに関して対外的に示す主張や態度はもっぱら安全保障に関する点であって、「同盟国」としての立場であった。脅威や懸念が生ずると、それにも優って「被爆国」としての立場が表出してくることはない。その立場が表出してくるのは、主として国内問題へのコミットメントが必要になった際であり、同立場を「カード」として使用した形跡も見られない。これらを鑑みれば、日本にとってSALTとは安全保障問題であったと理解するのが妥当であろう。
米国の立場から見れば、「客体」としての日本の位置づけは、ニクソン、キッシンジャー、カーターという個人要因が大きく作用する形で、その時々において彼らが考える目的のために活用されたと指摘することができる。他方、「主体」としての日本は、ニクソン、フォード、カーターのいずれの政権においても、自立化や独自核武装論、ソ連に与する可能性といったことを現実化させないために、言説による心理的な安心の供与がなされていた。
さらに、米国の対外政策における対日政策の位置づけの変容が、SALTをめぐる対日外交とリンクするようになった。米国は日本を戦略的なパートナーとするために、より一層日米関係を緊密化する必要性にかられたのである。その際、米国が重視したのが日本の心理的な側面であり、言説による安心の供与がSALTをめぐる対日外交だけでなく、よりマクロな日米関係にも重要な意味を持つようになった。この意味でも、SALTをめぐる日米関係は、日米が安全保障関係を強化、緊密化させた時代として知られる1970年代において、重要な意味を持っていたと考えられる。
【今後の課題、見通し】
今後は、戦略問題をめぐる日米関係の構図を規定する要因を明らかにするために、SALTという事例にとどまらず、日本が積極的な役割を果たしたとされる中距離核戦力(INF)までを射程に含め、これらを包括的に検討したい。
より長期的には、日米関係を米・NATO関係、米・西ドイツ関係と比較し、上記で示した結論は、日米関係に特有のものなのか、それとも米国の同盟国との関係において一般的に見られるものなのかを検討したい。この作業は、核兵器をめぐる西側の同盟政治、米国から見れば同盟管理政策の研究を発展させる、国際政治学のより広い課題への取り組みにもつながると考えられる。
2024年5月
※現職:東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員