成果報告
2021年度
中近世日本における天変地異に関する知識体系
- 立命館大学大学院文学研究科 博士課程後期課程
- 濱野 未来
研究の動機、意義、目的
本研究は、中近世の日本における「天変地異」に対する認識(知識)の実態と変遷の一端を明らかにする試みである。前近代社会における「天変地異」認識については、従来「災害観」として論じられてきた。しかしながら、前近代社会では人的・物的被害が生じない自然現象(例えば彗星や日蝕などの天体現象)も含めて「災異」として捉え、極めて政治的な意味を有する現象であると理解されていた。このことを踏まえれば、「災害」としてではなく、「天変地異」という枠組みでそれらに対する認識・知識体系を紐解くことが重要であると考えられる。また、従来は「天変地異」の政治的な意味を有する側面と、自然現象としての側面に着目され、それぞれ政治史・科学史の文脈で論じられてきたが、両者の認識の変容や相互に影響した点については検討されてきていなかった。本研究はこの課題に対しても有効な試みであると考えられる。
本研究では、如上の視角から中近世という長期的タイムスパンにおける天変地異に対する知識体系と政治思想としての天変地異認識との関連を明らかにすることを目的とした。
研究成果・研究で得られた知見
本研究により得られた成果として、大きく次の2点が挙げられる。
第一の点は、中近世日本の天変地異認識において、15世紀後半頃に画期が見出せる可能性が浮上した点である。天変や地震が発生した際に作成された「(天変地妖)勘文」という史料の通時的な分析により、15世紀後半頃から、天変地妖勘文の受容層の拡大が見受けられ、その背景として応仁・文明の乱(1467~1477)による政治・社会状況の変化が想定された。また、勘文の内容分析からは、中世においては天変地異がどのような予兆であるかを報告することに重点が置かれた内容といえるのに対して、近世末に作成された勘文は、天変地異が意味する予兆を示しつつも、今後どのような現象となり得るかなど具体的かつ科学的な要素を含んだ内容となっているとみることができる。
加えて、15世紀成立の天文・暦関連の書物の書写年代・書写人物・貸借状況等の検討により、15世紀半ば頃から、天文や暦・地震の知識について載せた書物が社会に広く伝播していたことが分かってきた。その背景としては、戦国期社会における貴族間や都鄙間などの様々な規模・枠組みにおける文化的交流が盛んとなった状況と関連していることが推測される。また、これらの書物は、天文・暦に通じた陰陽道の人物に限らず、有職故実に通じた貴族によって著されたものもあることから、こうした天変地異に関連する知識が専門知識としてではなく一般教養として受容されていく潮流があった可能性を明らかにした。
第二の点は、中世において天変地異に関する知識と密接に関わる存在であった宿曜道の実態解明である。宿曜道とは、星占・暦算・日月蝕に関する技術・知識体系であり、こうした活動を行った密教僧を「宿曜師」と称した。中世前期に天皇や貴族の間で広く信仰・重用されたことから、中世前期における活動実態については先学により明らかにされている。しかしながら一方で、室町時代以降すなわち中世後期における実態については検討が希薄であった。本研究では、暦や天文などの天変地異関連知識を有する存在として宿曜道に着目し、中世後期における実態を探った。それにより、純粋な形の宿曜道は室町時代には衰退し、15世紀頃には廃絶したと考えられるが、形を変えて存続した形跡がみられることが明らかとなった。より具体的には、宿曜道の祭祀の実施状況からは、室町時代(応永年間)に急速に衰退したことが推測されるものの、宿曜師の拠点(北斗堂)は15世紀まで存続しており、宿曜師と見做し得る存在も命脈を保っていることが判明した。また、宿曜道が地震に対しても関与していた(地震に際する勘文の進上)事例がみられることから、従来は星占・暦算・日月蝕に関与するとされていた宿曜道がその役割の範疇を拡張していたと考えられ、天変地異認識を考えるうえで、重要な点であるといえる。
今後の課題・見通し
第一の課題として、15世紀における天変地異認識・知識の変容・拡大の実態とその背景要因を明らかにすることが挙げられる。本研究により、15世紀後半頃が天変地異認識の画期である可能性が見出されたが、当該期とくに応仁・文明の乱前後における政治・社会状況と天変地異認識との関連・影響を改めて詳細に検討する必要がある。
加えて、中世・近世の連続的な視点からの検討も課題である。中世末期において、天文・地震・暦の知識が広まっていた点と近世における科学知識の形成との関連を明らかにするためには、なお一層の近世史料の検討は不可欠である。そのうえで、巨視的な視野で分析することにより、天変地異に対する知識体系と政治思想としての天変地異認識との関連の通史的変遷を描くことが可能になると考える。
2023年5月