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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2021年度

「国民」と「外国人」の境界で:18世紀における小戦と外国人

パリ第1大学(パンテオン=ソルボンヌ校)歴史学部 博士課程
長島 澪

研究の動機・意義・目的
 本研究の動機は、18 世紀フランスで発展した「国民」 と「外国人」 という社会的カテゴリーが、軍隊にどのような影響を及ぼしたのか探ることにあった。従来の研究では、近代的な軍隊の姿として徴兵制に基づく国民軍が想定されたため、国民軍形成に向かう歴史が直線的に語られる傾向にあった。そのなかで18世紀末のフランス革命は、国民軍形成の歴史における重要な転換点とされた。しかしながら先進国の多くで徴兵制が廃止され民間軍事会社の活動が目立つ今日の状況からも明らかなように、市民ないし国民が兵士となるのを理想とする価値観は今や自明ではない。そこで本研究では、革命前後のフランスの軍隊における外国人兵や外国の軍事文化の導入に注目し、国民動員の進展や国民軍形成という視点からは見逃されがちだった領域に焦点を置くことを目指した。
 それにあたり注目したのが、18世紀ヨーロッパ主要国で導入された軍事行為の「小戦」である。小戦とは、味方主軍の背後や側面の補佐や敵軍に対する偵察・奇襲・補給線遮断、敵地での徴発や諜報活動といった、間接的な軍事行為のことを指す。こうした行為自体は古今東西で見られるが、ヨーロッパにおいてはオスマン帝国との衝突を繰り広げた東欧周縁部において特に発展し、この東欧の部隊が18世紀のオーストリア・プロイセン・イギリスといったヨーロッパ主要国間の戦争で用いられたことをきっかけに、フランスでも理論化が進められ戦術として取り入れられた。報告者はこれまでの研究を通して、18世紀フランスの軍隊において、小戦にあたる軍事行為には外国人が頻繁に用いられた点を強調した。小戦の遂行には敵地・敵軍を攻略するための言語的・地理的知識や、フランスでは未発達の戦闘技術、さらには「フランス人」にはない国民的性格が求められたからである。こうした傾向は、フランス革命期に入り、市民的な軍隊の創設が目指されてからも変わらない。その一方で革命期には、政治的・社会的変化に伴い小戦も新たな議論と改革の対象とされた。そこで報告者は、小戦での外国人の使用をめぐる議論や実際の部隊や戦地の様子を明らかにすることで、軍隊での小戦をめぐる様相を通して、革命期における外国人兵の使用について検討することを目指した。

研究成果・研究で得られた知見
 外国人兵士や外国の戦争文化の影響下にあった18世紀フランスでの小戦であるが、フランス革命期を通して、19世紀には小戦は「フランス的/革命的」な軍事行為へと評価を変えていった。その背景には、18世紀後半より小戦が、隊列や規律を必要とせず、兵士個々人が自律的に状況を判断し行動する非隷属的・市民的な軍事行為として評価されたことがある。さらに、フランス市民から成る義勇軍が形成されたために、小戦は軍事的な規律や経験・技術がない一市民でも行える軍事行為として見なされたことも影響していた。このため、1794年に出された義勇兵の英雄的行為を集めたパンフレットでは、そのほとんどがフランス市民ひとりひとりの愛国的な犠牲を称賛する内容である一方で、軍事的武勇を讃える内容のものについては、小戦に分類できる軍事行為が取り上げられていた。しかしながらこうした、小戦を革命やフランス人に適したものと見なす、革命期から19世紀初頭にかけての評価は、そもそも小戦には外国人が持つ特性や技術が必要とされていたことや、実際に現場では多くの外国人が活躍し得た事実を隠すものでもある。実際、フランス革命を代表する新聞記者の一人であるジャン=ポール・マラは、フランスの市民的軍隊がとるべき手段として小戦を推す一方で、小戦に携わる外国人たちやその部隊を繰り返し反革命的として糾弾した。革命期に作られた小戦のイメージと実態の間には、乖離とそれによるジレンマが見られたのである。

今後の課題・見通し
 こうした国民的な軍隊創設の動きに伴う小戦のイメージの変化と、その実態との間の差については、別の観点からも指摘できる。そこで報告者の最重要課題である博士学位請求論文の執筆に際しては、フランス革命期における国民的・近代的軍隊の形成を小戦に注目して捉え直すことを目標とし、本研究助成の研究成果をその一角に据える。
 フランス革命期には、刷新された国民的な軍隊の内部に小戦を取り込む試みが成された一方で、小戦が持つ「野蛮」なイメージの克服が課題となった。そのイメージの原因のひとつが、小戦が外国の文化や技術、外国人に依拠していたことであり、本研究助成で注目した点である。これに加えて、小戦で求められる技術や行動には動物に対する「狩り」のものとの接点があった点、また小戦では民間人としばしば接触し彼らの身体や財に危害を与えかねなかった点が、革命前後に小戦にまとわりついた「野蛮性」のイメージの原因として挙げられる。こうした小戦の「野蛮性」のイメージが、革命期にどう克服されようとしたのか、もしくは正当化されたのかに注目し、実態と比較検討することで、革命期における国民軍創設の動きを相対化し、ひいては既存の軍事史に一石を投じることを目指すものである。

2023年5月