成果報告
2021年度
有権者の経済評価と政権担当能力評価:投資行動に着目して
- 東京大学大学院法学政治学研究科 博士課程
- 小野 弾
研究の動機・意義・目的
本研究では、有権者の経済評価・政権担当能力評価・投票行動の規定要因について、投資行動に着目した分析を行う。筆者は小野(2021)「内閣支持のムードと経済的変動要因」(『年報政治学』掲載)において、日経平均株価の変動が、有権者による政権の能力評価を通じて内閣支持率に影響することを示した。しかしながら、この論文も含め、日本を対象とする政治行動研究の多くは株価を単なる社会的な景気を反映する指標としてのみ扱ってきており、有権者の個人的な金融行動に着目したものは少数である。日本の投資人口はおよそ2700万人(野村アセットマネジメント社の推計)に及び、近年の日本政治においては、アベノミクスやNISAの導入、「貯蓄から投資へ」といったように、有権者の投資行動を促進し、そこに利益をもたらす政策が推進されてきた。さらに「老後資金2000万円」問題が投資の促進要因となったように、これらの資産形成は福祉国家を補う役割をも持ちうるのである。また、海外での研究動向を見ると、ここ10年ほどで進展した財産経済投票(Patrimonial Economic Voting)の研究では、財産、特に株式などのリスク性資産の保有と、政策選好や経済右派政党への投票の関係がさまざまな国において指摘されている。
これらのことを鑑みると、日本の有権者の投資・資産形成に着目し、政治的行動との関係を理解するための研究は、近年の日本政治の理解を深めるうえでも、国際的な政治学の研究にキャッチアップするうえでも有益なものであろう。
研究成果・知見
2023年2月に楽天インサイト社に依頼しオンライン世論調査を行った。この調査には株価や経済成長率などの経済指標の組み合わせによる2つの仮想の経済状況から、「景気が良い」または「政府の能力が高い」ものを選択させるコンジョイント実験を含んでいる。さらに、選挙での投票先や投資品目・保有資産などの項目を設け、コンジョイント実験の結果のサブグループによる違いや、投票行動の分析を行えるようにしている。
コンジョイント実験の結果、株式・投資信託などのリスク資産を保有する有権者は、そうでない有権者に比べ、日経平均株価を景気・政府の能力の両方の評価により強く反映していた。この傾向は、投票政党によるサブグループで見た際、立憲民主党投票者よりも自民党投票者・維新の会投票者・棄権者により近いものであった。実験以外の質問項目からは、自民党・維新の会への投票確率や政権担当能力評価を有意に高めるが、立憲民主党への投票や評価には有意な効果を持たないことが示された。加えて、リスク資産保有は投票参加確率を高めており、この種の有権者が比率以上に選挙を左右すると考えられる。
これらの結果は、自民党の安定・立憲民主党の停滞・維新の躍進といった近年の日本政治の状況を有権者の側から理解するうえで大いに有益であると言える。また、財産経済投票が日本でも観測されうることは、国際比較の観点からも重要と考えられる。
今後の課題・見通し
これらのコンジョイント実験や投票行動の分析について、まず博士論文の一部としてまとめたうえで、国内外の学術雑誌へ投稿を行い、公刊に繋げていくことが当面の課題となる。また、CSESなどの他の調査データも用いて、他の年代における金融財産と投票行動・政党/内閣支持などの関係の分析も行っていく。将来的には、オンラインのデータアーカイブで調査データを公開し、国内外の研究者に幅広く活用されるようにしたい。
図1. コンジョイント実験の例
図2. コンジョイント実験結果(株価の抜粋)
2023年5月
現職:日本学術振興会特別研究員DC2(東京大学大学院法学政治学研究科 博士課程)