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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2021年度

ル・コルビュジエの未完成プロジェクトの3D化による設計思想の解明

早稲田大学創造理工学部 助手
池田 理哲

 建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)は総合芸術家として多分野に渡る芸術活動を行なっており、特に建築に関しては建築群として世界遺産に登録もされており、これまで多くの研究が行われてきた。しかしその中で未完成のプロジェクト、また1960年代の作品・プロジェクトに関しては未だ論考の対象とした研究は少ないのが現状である。ル・コルビュジエの晩期と捉えられる1960年以降は実現していない未完成のプロジェクトが多く存在したため、研究の対象としての可能性を感じ、本研究を立案した。本研究では、建築家ル・コルビュジエが設計した未完成のプロジェクト、主には1960年代の作品・プロジェクトを主題として扱い分析していくことで、これまでのル・コルビュジエ研究で明らかとなっていることとは異なる新たな視座が得たいと思い、研究に着手したものである。本研究では、ル・コルビュジエの1960年以降の未完成のプロジェクトを対象として、未完成のプロジェクトに関して図面やスケッチ、書籍などの資料を基にプロジェクト概要の整理を行い、その上で未完成のプロジェクトを3Dモデルとして立ち上げ、そこからル・コルビュジエの設計思想が実際にどのような空間となって現れているかを検証し明らかにすることを目的とした。

 これまでの数少ないル・コルビュジエの未完成のプロジェクトの研究対象としては《ヴェネチアの新病院》に関するものが多くを占め、筆者も論考の対象としたことがあるが、今回の研究においても《ヴェネチアの新病院》を手始めにプロジェクト概要の整理・3Dモデル化を行なった。また、本研究を遂行中の2022年4月にMario Ferrariによる、《ヴェネチアの新病院》に関して3Dモデルを作成した上で、プロジェクトを再考した書籍、Mario Ferrari: Le Corbusier: Hospital in Venice: 1963-1970 ,Ilios Books, 2022.04が出版された。本書は筆者が行なった視点および処理と近似した方法で3Dモデル化を行い、《ヴェネチアの新病院》に関してその設計の詳細を紐解いたものとなっている。本書も参考文献とした上で、研究を行なった。




 《ヴェネチアの新病院》のプロジェクトは1963年から開始され、1965年のル・コルビュジエの死後も1978年まで継続された、他の未完成のプロジェクトの進捗状況と比べて一番実現可能性のあったプロジェクトと考えられている。ル・コルビュジエの生前に規模が縮小され、ル・コルビュジエの死後はGuillermo Julian De La Fuenteを中心に引き継がれたが、ヴェネチア島内からイタリア本土への病院建設地の変更が決定したため終了した。同様にル・コルビュジエが1960年代以降に取り組んでいた建築は、実現・未完成を問わず規模の大きな建築設計に取り組んでおり、1960年時点で取り組んでいたもしくは以降に取り組んだ作品・プロジェクトは24あり、その中で実現した作品は7作品のみとなっている。今回の研究意図から未完成のプロジェクトを重視して、3Dモデル化が最低限可能である程度の資料があった3プロジェクト(《ヴェネチアの新病院》1963年-1978年、《オリヴェッティ電子計算センター》1962年、《ストラスブールの会議場》1962年)に関して3Dモデル化を行なった。

 《ヴェネチアの新病院》は《ユニテ・ダビタシオン》でのセルやユニットという概念を応用した、〈ユニット〉だけでなく導線まで取り入れた〈セル〉や、〈無限成長美術館〉の〈無限成長性〉要素を取り入れ、自己完結した〈住居単位〉である〈セル〉がコアとなって水平面上に無限に成長できる形態であることが、筆者のこれまでの研究で明らかになっていたが、《オリヴェッティ電子計算センター》や《ストラスブールの会議場》の3Dモデルと比較して分析することで、垂直・水平両方向に連続した動線の配置・計画を重視して設計を行なっていることがわかった。動線計画は建築設計において重要な要素の一つではあるが、ル・コルビュジエは1960年代以降に取り組んでいた建築、特には上記の3つのプロジェクトにおいては、平面的に〈無限成長性〉を取り入れた卍型動線を計画し、その周囲に各主要機能を配置、全体の循環が効率的に行われている。立面的にも、卍型動線上にスロープを設け上下の移動が緩やかに行えるよう計画されている。ル・コルビュジエはこれまで自身が言語化してきた建築言語を踏襲・変化させて、機能によらない建築の新たな体系を作り出そうとしていたのではないか、と考えられる。

2023年5月