成果報告
2021年度
沖縄県うるま市の現代版組踊『肝高の阿麻和利』による市民的公共圏の再創造
- 東京経済大学コミュニケーション学部 教授
- 本橋 哲也
本研究が課題としたのは、1999 年秋に沖縄県勝連町(現・うるま市)で、「自らの出自に誇りを持てる子ども」の居場所づくりと地域おこしを目的として構想され、翌年3月に勝連グスクで野外劇として初演された「現代版組踊」という演劇実践がもたらす市民的公共圏の再生の可能性である。この『肝高の阿麻和利』という演目は、那覇中心の沖縄史において「逆賊」として差別されてきた勝連城の按司(城主)阿麻和利の生涯を、現地の小中高生が演じる音楽舞踊劇である。この演劇実践は、地域に埋もれた「敗者の歴史」を子どもたちに馴染みのミュージカル形式によって演じさせることで、「中央と周縁」という政治的イデオロギーの背後にある権力構造を学ばせ、ひいては地域住民としての意識を高める教育的意図に基づいていたが、それが歌と踊りと演技という身体の発露を通じて、沖縄の伝統的な芸能と現代のエンターテインメントとの融合が、子どもたちという未来世代の日常的営みとして実現したのである。
うるま市で創始された地域の教育と産業振興を目的とした「現代版組踊」は、日本の他地域でも注目され、離島を含む沖縄県各地、鹿児島、大阪、福島、北海道でそれぞれの地域史を題材として上演されてきた。創作には脚本演出の平田大一、『肝高の阿麻和利』の卒業生が運営するTao Factory(代表:藏當慎也)、島人Lab(代表:下村一裕)、あまわり浪漫の会(会長:長谷川清博)をはじめ、多くの芸能や行政や教育に従事する人びとが関与し、新しい地域芸能として多くの成功を収めてきた。しかしながら地域住民主体の活動として今後の課題も多く、一般の人びとにとっての全国的認知はまだ不十分である。
我々の研究が目的としたのは、「現代版組踊」の地域での担い手たちと、日本本土在住で様々な専門分野を専攻する大学の研究者とが、定期的に交流する枠組みやシステムを構築することで、一年間の研究期間にはとどまらない長期的な研究と教育と産業活動の基礎を築くことであった。「現代版組踊」の社会的認知はある程度進んだが、母体であるうるま市の観光資源開発は不十分で、沖縄の西海岸に比べれば東海岸は可能性を生かしておらず、産業振興にも課題が多い。うるま市では2000 年に世界遺産に登録された勝連城跡の周辺整備室が2020年に設置され、活用策の一環として、2021年には「あまわりパーク」が勝連城に隣接してオープンし、私たちの研究も、『肝高の阿麻和利』という芸能を中核としたうるま市の新しい観光拠点としての充実に寄与したいと考えた。貴助成金による研究期間は一応終了したが、今後も住民が主体となって沖縄という地域と日本という広域とを結ぶ文化事業の新たな型を提供するために、「現代版組踊」を中核とした市民的公共圏の再創造への試みを続けていく所存である。
2022年9月