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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

動物の幸せの判断基準の多様性と一貫性:学術的議論から社会への応用まで

京都市動物園生き物・学び・研究センター 主席研究員
山梨 裕美

 本研究は動物の幸せに関する学術的な議論を深め、社会へと活かす道を模索するために、日本人がどのように動物の幸せを判断するのかということを調べるものである。グローバルな情報が行きかう中で、多様性を増していると考えられる日本人の思想について、定量的に評価したものはほとんどない。一般的には、動物愛護という人の感情や動物の生命を尊重する考え方が代表的なものとしてあげられることが多いが、固定観念で議論を進めることはいたずらに対立を煽ることにもつながる。今回、動物園という場を用いて日本及び英国で、一般の動物園来園者及び動物園・水族館関係者の考え方について、アンケート及び聞き取り調査を行った。動物福祉の考え方が発展し、法制度としても整備されている、社会的な状況が異なる英国と比較することで日本の姿が相対的に描き出せると考えたため、英国との比較を行った。日本でもガイドラインの策定などが進められてきてはいるが、現場での実践を適切に進めて行くためにはどのようなアプローチが可能となるのか、どのような要因が建設的な議論を促進するのかを理解するために、本調査を行った。
 アンケート調査は、2か国にて動物の幸せに関する基本的な姿勢についてと、種による違いを検討するために生きたまま餌とすること(生餌)に対する種ごとの許容度や組織に対する信頼性などを調べた。生餌は、「食べる方」と「食べられる方」のどちらの視点を優先させるかで見解がまったく異なる事象である。また、英国では法律で規定されている事項でもあることから、人々の「感覚」と法制度の類似性について検討するうえでよい事例であると考えたためである。動物の専門家と法学、サイエンスコミュニケーションの専門家の共同研究として、エディンバラ動物園で来園者(6歳以上)を対象にアンケートを行い、関係者のインタビュー調査も行った。なお、英国の動物園・水族館関係者のアンケートは、倫理審査が長引き、2022年8月31日時点で進行中である。
 結果、両方の国で、一般来園者も関係者ともに動物の幸せに関して高い関心を持つことがわかった。また、動物の幸せについて何が重要であるかということについて、基本的なことは類似していたものの、違いもあった。食べ物や社会性、衛生など基本的なものについては基本一致していた。しかし、精神的な刺激を与えるなど、近年の動物福祉の考え方に含まれるものについては、日本の動物園来園者の回答には見られなかったが、動物園・水族館関係者や英国の動物園来園者の回答には見られた。生餌については、英国では苦痛を感じる能力を持つとされる脊椎動物及び甲殻類が英国では法的に制限されているが、一般来園者については、日本と英国とで回答に大きな違いはなく、種に限らず許容できるといった回答や、種によって回答が異なっても、法的な制限とは一致していないものが多かった。ただし日本人は好みや自身の共感などを回答の理由にあげることが多い一方で、英国人は動物の性質(苦痛を感じる能力や認知能力など)を理由にあげることが多かった。
 現在、日英での調査結果の比較や発達的な変化など詳細な分析が進行中であるため、結論を出すには至らない。英国では専門性を確保した人材が、科学的な根拠をもとにしたガイドラインを策定しており、必ずしも一般の人の「感覚」と一致していなくても専門家コミュニティでは機能していた。また、日英の間で、基本的な動物に関する考え方には共通するものがあるが、日本の一般の来園者は、自分の「感覚」を元にした回答をする傾向があった。動物というヒトと異なる存在に関する制度設計においては、ヒトの感覚ではなく、科学的根拠をもとにする必要がある。今後子どもの回答なども分析し、発達的な変化なども調べながら、その背景も含めて議論を深めていきたい。

2022年8月