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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

持続的な観光に向けたDX観光の検証:仮想空間における真正な体験の国際比較分析

金沢大学人間社会研究域 准教授
山田 菜緒子

研究の目的、進捗、成果
 本研究は、自然・文化遺産の保全に向けた持続的な観光の一手法として旅行者体験を検討するものである。持続的な観光には、自然・文化遺産資源の価値を体験できるauthentic experience(真正な体験)の提供が不可欠である。特にコロナ禍においてvirtual tourism(仮想旅行)が普及してきているため、そこでのauthentic experience の解明が必要である。本研究はvirtual tourismにおいてauthentic experienceを提供できる要因を探り、国際比較分析を通して、国際標準となるauthentic experienceの手法を明らかにすることを目的としている。
 まず、文献レビューを通してauthentic experienceの概念を整理し、それを測る指標を選定することを目指した。概念が非常に多岐にわたるため、ツーリズム分野のみならず、マーケティング、消費者行動、インフォメーション技術分野の文献を参照した。Authenticityは複層的で多面性を持つ複雑な概念のため、いまだ議論の途上にあり、定まった概念があるわけではなく、authenticityを測る指標も確立されていないことが明らかになった。その上で、代表者は概念のカテゴリー分けを試みた。このカテゴリー化により、正確であるとは言えないながらも、authenticityの捉え方を整理することができた。これを基礎として、その後に続くオンラインツアーでのauthenticity検証をおこなった。
 次に、virtual tourismとしてオンラインツアーを選定し、実際にオンラインツアーに参加した18人に質的インタビューを実施した。オンラインツアー体験で感じたこと考えたことを聞き、オンラインツアーの評価および可能性について分析した。主な結果として、オンラインツアーは、新しいツーリズムの形、実際のツアーの代替手段、娯楽の1つ、旅行準備と捉えられていることが明らかになった。参加者は必ずしもauthenticityを求めているわけではなく、初めてのオンラインツアー体験のために期待すべきものが分からずツアーを楽しむ傾向が見られた。視聴覚以外の体感がないために没入感が得られにくいと感じる一方で、オンライン技術やツアーガイドがおよぼす肯定的な影響も見られた。また、文献レビューから整理したauthenticityのカテゴリーを当てはめると、いくつかのカテゴリーに相当するものが参加者から報告され、オンラインツアーにおいてもauthenticityの認識が示唆された。これらのオンラインツアー参加者の感じ方や考え方の過程を描き出すことで、オンラインツアー体験のモデル化を試みている。
 さらに、量的調査をおこなうために、金沢を事例としたオンラインツアーを選定した。そのオンラインツアーはロシア語話者を対象に作成されていたため、英語と日本語の字幕をつけ、3カ国語に対応できるようにした。また、量的調査用のアンケート作成を作成した。文献レビューを通してカテゴリー分けした概念と指標の中から、本研究条件に近いものを3つ選定し、英語アンケートを作成した。その後ロシア語と日本語に翻訳し、3ヶ国語の比較分析の準備をした。現在、これら3ヶ国語でのオンラインツアーのアンケート調査を実施中である。しかしながら、予定した参加者数を集めることが容易ではなく、調査を継続して参加者数の増加を図る必要がある。

今後の課題
 本研究を通して課題が多く見出された。Authentic experienceの概念化と指標の選定が容易ではない、オンラインツアーの質・内容・技術がさまざまなため調査対象として均質なツアーを選定しづらい、オンラインツアーの内容・技術が急速に変化して定常的なものがない、オンライン飽和・疲労のためツアー参加者を獲得しづらいなどである。さらに、対面でのツアーも加速度的に再開される中で、今後のオンラインツアーの展開が見通せないことも課題である。その一方で、仮想体験やオンライン活動が一般的になってきたため、新しいツーリズムの形が生まれ、根付くことも期待できる。コロナ禍を契機にvirtual tourismの研究論文数が飛躍的に増大し、また仮想空間におけるauthenticityの研究論文も増加したことが分かり、この分野の発展を期待できることを実感した。引き続き文献レビューを重ねて仮想空間におけるauthentic experience(真正な体験)の知見を増やしていきたい。

2022年8月