成果報告
2021年度
心の「行動抑制ネットワーク仮説」に基づく「モノの心理学」の構築
- 信州大学繊維学部 准教授
- 森山 徹
1.研究の進捗状況
現在の日本社会には、人々の間に孤立感や差別といった負の感情が広く潜んでいる。その原因の一つは、「心」に対する無関心とそれに伴う人間の表面的理解ではないだろうか。我々は、心に対する関心と人間の深い理解を回復するためには、「心の生命的理解」が必要であると考えた。それは、心に対し、知・情・意の側面からだけでなく、謎や畏れを含む「わからなさ」の側面からも接近し、心が生物、そしてモノに等しく備わることを認めようとする態度である。本研究は、心の生命的理解を展開する「モノの心理学」の構築と、人間を含むあらゆる存在に対する深い理解の回復を試みた。
これまでの研究では、モノの心理学を支える「心の行動抑制ネットワーク仮説」の妥当性を広く問うため、我々が運営する「モノの心の研究会」の定例会や、美学、芸術、哲学、生物基礎論、質的心理学、発達心理学、内部観測の研究会で議論の機会を作り、概ねの理解を得ることができた。また、ロックバランシング講習・研究会では、ロックバランシングを実体験しながら、ロックバランシングアーティストが石の心を探る心理を聞くことができた。研究の後半では、「心は何に宿るか」のオンラインアンケート調査を実施し、モノの心理学の社会的受容性を検討した。
2.成果
研究論文「心の行動抑制ネットワーク仮説と有機体の哲学(飯盛元章・森山徹)」が、プロセス思想誌(日本ホワイトヘッド・プロセス学会発行)に受理され、2023年に掲載される。また、シンポジウム「なぜ汎心論はパフォーマティブなのか」を2022年10月に共催する(委員長:飯盛元章)。
3.研究で得られた知見
定例会や、研究会での議論の結果、心は個体の外にも宿る可能性があるといった、新たな知見を得ることができた。ロックバランシング講習・研究会では、アーティストの池西氏から、「制作時には石の声を聞く」「石と共に作品を作る」といった、石の心へ言及する報告が得られ、人が石に心を見出すことで、ロックバランシングが、人間による制作から人間と石との共作へ変容するという発見、そして、この変容が、ロックバランシングを作業からアートへと進化させるという気づきを得ることができた。
4.今後の課題
心の哲学では、「いかにして物質に心が生じるのか」という起源問題が、長らく解決困難な問題とされてきた。本研究では、行動抑制ネットワークとしての心が、生物一般、そして非生物に想定可能かどうかを探求してきた。この試みが、心の起源問題に対する一つの解決になること、また、このネットワークに想定される内的ゆらぎの発生機構が、非生物的な主観性や創造性を発現する可能性をもつことを、哲学分野で議論、展開していく。
2022年8月