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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

自動運転(SAEレベル3以上)に関する倫理ガイドラインの起草

多摩大学経営情報学部 専任講師
樋笠 尭士

1.研究の趣旨・背景
 現在、レベル3以降の自動運転(システムが運転手となる)による事故が発生した場合に、プログラマー、メーカー、ディーラー、乗務員それぞれについて刑事責任をどのように認定するかは定められていない。さらには、運転者の生命、又は歩行者等の生命を別の歩行者の生命を侵害することによってのみ回避可能な状況(=ジレンマ状況)等の倫理問題について事前にプログラミングをする際の方向性の基準も存しないことも問題である。また、ジレンマ以前に、そもそも、「人命への配慮」についての大前提となる人命には、歩行者、対向車、交通違反者など、だれが含まれるのか、また、メーカーは、安全をどこまで希求すべきなのか、合理的に予見される防止可能な事故が生じないという要求を少し超えればそれでよいのか、自動運転の導入が許される社会的受容性とは何か等の「倫理問題」に学際的な研究で立ち向かう必要がある。

2.研究の進行と得た知見
 本研究会(自動運転倫理ガイドライン研究会)は、10名の学際的なメンバー、刑事法学、民事法学、哲学、生命倫理学、法哲学、元検事(弁護士)、機械工学、交通工学、電気工学(メーカー)、電子工学(メーカー)を集め、10回に及ぶ合同研究会およびメール審議などのディスカッションを重ねて、共通言語・共通理解を見出した。かかるディスカッションでは、たとえば、前提となる定義「Best effort」「Best practice」「Principle」等の理解が、法学者・交通工学 者・機会工学者・メーカー間で異なり、すり合わせを行い、また、「人命」には、歩行者や交通違反者が含まれるか、自車の乗客を優先するか等につき、各人の意見が異なり、最大公約数を見出すのにはかなりの議論を要した。ここでは、メーカーによって、「安全性の上限・下限」の考え方が異なること、「人命優先」との文言の「人命」にどこまで含むかは非常に多義的であること、法学者と機会工学者では、免責に対する認識の出発点が異なること、社会受容性を高めることと自動運転の社会実装は同時に進めるべきであること、行政側の要求とメーカーの出す現実解が異なることなどが知見として得られた。

3.社会への公開・寄与
 本研究会は、レベル3以降の自動運転の社会実装において必要な11の指針の案および注釈を策定し、2022年6月17日のシンポジウム(自動運転倫理ガイドライン研究会公開シンポジウム:申込1067名)にて、一般に発表・公開した。その際には、研究メンバー10名が登壇し研究発表および、指針案の公開、さらに国土交通省と経済産業省の担当者を交えてパネルディスカッションを行い、フロアとの質疑応答も実施した。
 指針案では、たとえば、「ジレンマ状況に直面しないことへの努力が必要である。しかし、いわゆるジレンマ状況等、人間が運転していた場合においても一義的・事前的な判断が困難である問題状況が発生した場合に対しては、広く社会的に受け入れられている価値観に配慮して自動運転システムを提供すべきである。」とした。「価値観に配慮」については、価値観の判断の元になる情報が計測(センシング等)できない場合、同一の価値観として扱わざるを得ないことに留意が必要であること、また、この配慮は有限であること、配慮すべき価値観として挙げるものは例示であり、「公平性」、「人間の尊厳」、「正義」、「平等」、「透明性」等であることなどを示した。
 さらに、「自動運転に携わる者は、事故回避等の際にとった自動運転システムの行動を事後的に検証できるよう準備しておかなければならない。」の指針では、AIのシステムに対しては、透明性の確保が要求されることを明示し、事後的に、自動運転車の予測・推奨・操作の根拠・要因となったものを特定・検証することで、自動運転に携わる者が自己正当性を主張できるようにすべきであるとした。行政機関においては、車両運送法の保安基準でも、車載データは保存することになっており、可能な限りデータを保存してほしい官公庁側と、コストとの関係で必要性のある部分に限って限定的に保存したいメーカー側のとの折衝を諮ることが望ましいとの方向性を示した。

2022年8月