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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

散歩学の体系化―都市における歩く文化の復権にむけた試み―

滋賀大学環境総合研究センター 客員研究員
近藤 紀章

1.研究の目的・概要
本研究は、日本固有の文化の中で、目的を持たない散歩や徘徊を捉え直すために【文献調査と現地調査】、【事例をふまえた意見交換】を通じて、「散歩学」の体系化を試みる。

2.成果および得られた知見
○研究メンバーで、吉村元雄『空間の生態学』(1977)を読み合わせたうえで、国内研究をサーベイした結果、95編を抽出し、以下の知見を得ることができた。
・1960年代以降、散歩の実態把握に関する研究は一定の蓄積がみられる。対象者を高齢者や保育園、経済効果や健康効果といった同時代、実社会からの要請を取り込みつつ、「歩きたくなる」都市空間整備を支えてきた。多くの研究では、歩くことでどのような効用が得られるのかに焦点を当てている。この手続きを経て、認識や評価の基準や指標を取り出し、現実の都市空間に適用することで、「どうすれば(もっと)歩くのか」という計画的視点に落とし込んできた。しかしながら、「人はなぜ(無目的に)歩くのか」という原論が求められた初期の方が、ある意味では自由で大胆な発想が、散見された傾向が読み取れる。
・「ぶらぶら」、「目的を持たず」という「無目的」だけでなく、「日課」、「身体活動」、「養生効果」、「体験・学習」など多様な解釈のなかで、散歩を定置しようと試みてきた痕跡がうかがえる。しかし、2010年以降、都市体験や観光交流、まちづくり活動を含む「都市活動」が定着している。これは、吉村元雄が『空間の生態学』(1977)で「無目的」な散歩が受容されないと予見したように、結果として「都市活動」として受容されているといえる。

○都市空間との関係性について事例をふまえて意見交換をおこなった。
・我が国では、道路や歩道など「公共空間」でオープンカフェやイベント、出店を実施する社会実験が多く散見されている。一方で、海外では商業空間だけでなく、住宅地の近隣など日常の生活空間で、歩く、寝そべる、コミュニティの活動をする、といった形で都市空間を再編している事例がある。文献整理の結果をふまえて、これらの事例と比較するなかで、我が国の都市空間では、「散歩をしに〜する」、「〜するために散歩をする」といった歩くことそのものが手段として位置づけられていることが明らかとなった。

○定性調査をおこなうために、調査キット(調査台・アンケート調査票)を作成し、大津・彦根にて、調査をおこなった。引き続き、地域特性をふまえて、大阪、京都での個票の収集をすすめるとともに、オンラインでの定量調査について検討をすすめている。

○研究会をすすめるにあたって、専門分野が異なるメンバー全員で歩きながら意見交換をしたり、実際に散歩している人の行動観察や聞き取りを通じて、上記の解釈をおこなった。この過程で、散歩は、誰かを誘うことができる。その時、散歩は手段的に見えるが、誘う方も誘われる方も、期待する成果の不確定さを許容(共有)して散歩することが想定される。誰かと散歩する場合は、気を使わない関係性が求められる(歩き方だけでなく、生活リズムも含めて、合わない相手とは難しい)。このように、散歩観が共有できていないと、「共有できていない」という意識によって、散歩をしない(したくなくなる)ようにしむけてしまうことが副次的に得られた。

3.進捗状況および今後の課題
・研究メンバー間での意見交換と共有に時間を要したため、現地調査を通じた事例の収集(定性および定量把握)、外部の散歩に関わる研究者、実践者等との意見交換会や体系化の議論まで実施できていない。この点については、コロナ禍が収束するであろう、今後、重点的に取り組んでいく予定である。
・日本文化の特性を検討するために、イタリアのパッセジャータなど、海外の散歩文化と比較を通じて、関係機関や組織を通じた調整をおこなってきた。しかし、調整が難航したため、メンバーの研究対象地でイタリア人にヒアリングをするとともに、現地で収集可能な事例を深掘りすることもふくめて、柔軟に対応することを検討している。
・都市空間との関係のなかで散歩を議論していくにあたって、海外との比較するなかで、いまだにコロナ禍をひきずる日本の異質性や特異性をどのように扱うか、という新たな課題が生じている。

2022年8月