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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

東南アジアにおける民主主義の後退

慶應義塾大学法学部 教授
粕谷 祐子

 本研究は、東南アジアにおける「民主主義の後退」を域内・域外の諸国と比較 検討しようとするものである。民主主義的な規範や制度の弱体化がここ10年程度の懸念すべき世界的な潮流として指摘されおり、これに関してアメリカ、ハンガリー、トルコなどに関する研究は急速に進んでいる。一方で、東南アジアにおいても、フィリピンのドゥテルテ大統領による反対派の弾圧、タイでの軍支配の継続、そしてミャンマーで2021年2月に起こったクーデタ後の軍事政権など、ここ5年程の間に民主主義の後退が深刻化しているが、比較の観点を持つ分析はほとんど進んでいない。本研究はこの研究上の間隙を埋めるために企画されたものである。
 研究の実施にあたっては、東南アジア8カ国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、ベトナム)の各国政治の専門家10人が、互いの分析を共有しつつ、各自が専門とする国の分析を行った。このテーマに関してこのような網羅的な東南アジア諸国の比較分析は、これまでにないものである。また、全ての参加者が女性研究者である点も本研究の特色である。コロナ禍のため対面での研究会は実施できなかったものの、オンラインでの、打ち合わせミーティング、非公開でのメンバーのみでの論文草稿発表会、一般公開の報告会を実施した。
 本研究で具体的に解明したい問題は、次の2点であった。第1に、民主主義の後退がどのような順序で起こっているのか。欧米を対象とした研究では、まず社会の分断が起こり、それを利用してポピュリスト政治家が台頭し、その政治家によって民主主義の諸制度が侵されていくという後退順序のモデルが示されているが、東南アジアではそうでない場合も存在する。この点に関して判明した知見としては、アジアの場合には、ポピュリスト政治家が台頭して民主主義を後退させるタイプ(インドネシア、フィリピン、マレーシア)、軍事クーデタにより選挙・政党政治が機能しなくなるタイプ(タイ、ミャンマー)、権威主義体制におけるリーダーが一層の権威主義化を進めるタイプ(カンボジア、シンガポール、ベトナム)という、主に3つのタイプに分けられる。
 本研究で第2に明らかにしたかった問題は、東南アジア各国において後退が起こっている要因についてである。欧米の場合には、経済のグローバリゼーションを起因とする格差が主要要因と言われている。一方、東南アジア諸国の場合では、経済構造や国際秩序レベルの要因よりも、国内における政治要因が重要であることが判明した。フィリピンの場合には、既存の政党政治の脆弱性が、ポピュリスト的な政治家の当選を可能にする要因として重要である。インドネシアとマレーシアでは、宗教上の対立激化が強権的なリーダーを生む要因となっている。タイとミャンマーの場合は、民主的に選ばれた政権に対して軍がもつ(軍の権力弱体化への)脅威が高まることが要因となって民主主義の崩壊が起こっている。カンボジア、シンガポール、ベトナムの場合は、権威主義的な指導者や政党が権力継続をより確実なものとするために起こっている。
 本研究の成果は、Asian Journal of Comparative Politics誌において、Democratic Backsliding in Southeast Asiaというテーマの特集号として2022年度内に出版予定である。

2022年8月