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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

東シナ海域における「国境離島」の比較研究

早稲田大学高等学院 教諭
柿沼 亮介

1.研究目的・概要
 本研究は、東シナ海域における「国境離島」について、政治的に帰属する国家による支配のあり方や地域の歴史・文化・社会・行政などを比較・検討することで、地域の視点から国家像や境界性の脱構築を図ることを目的とする。そこで、歴史学や文学、政治学、国際関係論、地域研究、地域振興など、ディシプリンの異なる様々な分野の研究者・実務家の協業によって東シナ海域の島嶼の共同研究を行い、「国境離島」という枠組みによる比較可能性について検討している。
 研究代表者である柿沼(早稲田大学高等学院 教諭)は日本古代史・東アジア交流史を専門とし、対馬・壱岐・五島列島・南西諸島・隠岐・佐渡などの「辺境島嶼」を歴史的視点から比較する。研究メンバーのうち、屋良健一郎(名桜大学 上級准教授)は琉球・沖縄史や中世対外関係史、和歌・琉歌を専門とし、琉球・沖縄における対外交流や文化の混淆について分析する。平井新(早稲田大学地域・地域間研究機構 次席研究員)は国際関係論や台湾研究を専門とし、沖縄と台湾におけるヒトとモノの移動や島民のアイデンティティについて検討する。城田智広(高崎市役所 主事)は対馬市役所に勤務していた経験をもとに、「国境離島」における地域振興を比較する。岡本紀笙(北京大学燕京学堂 修士課程)は中国政治を専門とし、中国政府の東シナ海における安全保障政策が「国境離島」に与える影響について分析する。
 以上のような各研究メンバーの視点を踏まえて、「国境離島」について総合的に検討する方法論の確立を目指している。

2.研究の進捗状況・成果
 共同研究を開始するにあたり、まずは研究会を開催して各メンバーの専門性に基づく研究発表を行い、それぞれの分野から「国境離島」をどのように捉えることができるかの確認を行った。その上で沖縄島と八重山諸島における現地調査を実施し、異なる分野の専門家が互いの視点から見えてくるものを共有することで議論を深め、ディシプリンの壁を克服しながら、「国境離島」という条件が各島嶼に与える影響の普遍性と特殊性について検討した。
 こうした成果を踏まえ、2022年1月に公開シンポジウム「『国境離島』としての対馬・八重山 ―『境界』から考える 移動・ネイション・アイデンティティ―」をオンラインにて開催した。このシンポジウムでは、研究メンバーの他にも対馬や八重山に関する研究を行ってこられた九州国際大学の花松泰倫氏と県立広島大学の上水流久彦氏をお招きし、以下のような研究報告を行った上で、平井をモデレータ、城田と岡本をコメンテータとして総合討論を実施した。
  柿沼「対馬をめぐる『越境』の歴史的展開」
  花松「ボーダースタディーズから見た対馬における国際交流」
  屋良「前近代の八重山 ―『国境離島』として考える―」
  上水流「境域という視点からみた八重山」
 本シンポジウムを通して、現代日本の法的枠組みでしかない「国境離島」を比較することの学術的意義を示すことができた。

3.研究で得られた知見
◇中近世の対馬と琉球・沖縄について、それぞれ「日朝両属」・「日中両属」状態であったとして対比するのでは比較の視角として不十分である。これらの島嶼と日本や朝鮮・中国との関係性を政治的・経済的・文化的側面から個々に分析することで、「国境離島」の主体性と従属性について、より精緻な比較が可能となる。 ◇琉球・沖縄と中国との結びつきでは、沖縄島は大陸との関係が深いのに対して、八重山は台湾との関係が深く、これには琉球王国の「帝国性」や地域性が反映されていると考えられる。 ◇東シナ海域の「国境離島」は、「越境」のあり方や島民のアイデンティティ、相手国への認識、大日本帝国による支配の現代への影響などの視角から比較可能である。

4.今後の課題
 東シナ海域の「国境離島」について、現地調査を通した総合的な比較を目指していたが、新型コロナウィルス感染症の影響から海外調査は実施できず、また国内でも医療体制が脆弱な離島の調査は大きな影響を受けている。
 今後は感染状況や国境の開放状況を見ながら、与那国島、馬祖群島、金門島において植民地時代や国共内戦下の越境者とその子孫が抱いているアイデンティティの所在に関する調査を実施していく。その成果を対馬や沖縄など他の「国境離島」における状況と比較し、さらに各島嶼の支配の歴史的変遷や文化の混淆を考え合わせることにより、「国境離島」という枠組みに時間軸と空間軸を与えながら地域を越えた普遍性を持たせ、分析概念として深化させることを目指したい。

2022年8月