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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2021年度

聴覚崇高の心理学的特徴と脳内基盤に関する学際的研究

関西大学文学部 准教授
石津 智大

1.目的:「崇高音」の心理的・音響的特徴および脳反応の解明と、共感性促進効果の応用
 「崇高」とは、自分より大きな存在(巨大な山脈や建築物、神など)を眼前にするときに感じる、畏敬・畏怖や圧倒される感覚と快感などが入り混じった美的感性とされる。面白いことに、崇高の体験により他者への共感が高まることが知られており、人と人を繋げる力のある感性として注目されている(Piffs et al., 2011; 石津, 2019)。ところが、認知プロセスと脳反応の知見が蓄積されている視覚的な崇高に比べ(e.g. Ishizu & Zeki, 2014)、聴覚的な崇高(崇高音)については美学でも認知科学でも研究が進んでいない。しかし、崇高な音は、遠雷やミサ音楽など日常的に認められ、信仰心を呼び起こす宗教音楽など、人々のこころの状態に強力にはたらきかける性質があると考えられる。
 本研究では、崇高音の心理特徴と音響特徴の解明を目指し、さらに崇高体験のもつ共感性促進の効果を検討した。まず、効果的に崇高を喚起できる音刺激を選定し、音響特徴を同定した(研究①)。そして、崇高体験がどのような感情で構成されているか調べた(研究②)。研究①②で音の崇高を心理・音響面から定義した。続いて、複数人で崇高音を聴取することによる他者への共感性の促進を検証(研究③)。最後に、崇高音を聴取時の脳反応を明らかにすることを目指した(研究④)。

2. 結果;研究①②ではオンライン実験を実施し、1)崇高体験を効果的に喚起できる音刺激を選定した。面白いことに、年代によって崇高を感じる対象の音の傾向が異なることがわかった(高齢層では宗教音楽など、若年層では風の音などの自然音)。また、崇高音は特定の周波数成分(20-180Hz、1400-1600Hz、2000-2500Hz)を多く含むことがわかった(図1左)。さらに、2)音による崇高体験を構成するのが、主に美しさ、恐怖、覚醒度などの情動であるとわかった(図1右)。最適な崇高音の選定と音響特性の同定、そして構成する情動を明らかにした。これまで美学的にも認知科学的にも未知だった音の崇高について、定量的に定義することができた。この結果はアメリカ心理学会のPsychology of Art, Creativity, and Aesthetics誌に投稿し、査読中である。
 また、中間報告へのコメントとして「音自体に崇高さを感じているのではなく、その音の意味表象を崇高と評価しているのではないか」との指摘を頂いた。これに対応するため、音刺激1000音を用いた大規模オンライン実験を追加し、前述の周波数の特定にいたった。この結果を利用し、元々は崇高と判断されなかった音刺激について、当該の周波数帯域を人工的に増幅することで崇高化できるか、現在、認知実験を続けている。

研究③では、複数の参加者が同時に刺激を視聴できるシアター環境を活かし、崇高音と崇高映像を提示、他者への協力行動が促進されるか検証した(図2左、中)。その結果、利他性の促進(資本の分配行動・共感性得点の増加)が認められた。現在、解析を進めており、公共空間への「崇高空間」実装の可能性を模索している。

研究④の崇高音聴取時の脳波計測は、コロナ禍の影響もあり、現在も実験継続中である(図2右、予備的分析)。参加者への謝礼は心理学専修のコースクレジットとして代替可能なので、助成終了後もデータ収集・分析を続け、国際誌投稿を目指す。

 以上、崇高音の解明と応用について研究①〜③を終了し有意義な結果を得られた。脳波測定を含め、引き続き鋭意研究を進めていく所存である。

2022年8月