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研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2021年度

東アジアにおける岩石信仰の研究――人生儀礼の視点より――

総合研究大学院大学文化科学研究科 博士課程後期
宋 丹丹

研究の動機、意義、目的
 本研究は人生儀礼の視点から日本と中国の岩石伝承を概観し、それぞれの岩石信仰の特徴を民俗学の方法論によって分析したものである。
 古くから岩石は、人間の生活に密接に関わっており、信仰の対象となったり、伝承を生み出したりしてきた。なかでも、フランスの民俗学者ファン・へネップが提唱する、人の誕生から死までの各段階に行われる通過儀礼には、岩石が用いられる場合が多い。例えば、食い初めの「石のおかず」、病気平癒の岩神、死者の枕としての枕石などである。新谷尚紀は、これらを「石儀礼」と呼び、通過儀礼と岩石の関係を重視した。
 岩石信仰に関する研究は、民俗学をはじめ、宗教学、考古学、歴史学など多様な分野から行われてきた。しかし、通過儀礼の視点から岩石信仰を考察するまとまった研究はなされてこなかった。そのため、本研究では岩石信仰に関する先行研究をもとに、通過儀礼の視点から岩石の意味、機能、特徴とその信仰を明らかにすることによって、岩石と人間の関係性を考察することを目的とする。
 博士論文は、「序章」と「終章」を含めた全九章から構成される。まず、論文の前半部分では人々にとって最も重要な生と死に関する儀礼を取り上げ、岩石と通過儀礼の緊密な関係を具体的に考察する。後半部分では人の身体・病に関する岩石の習俗や、境界などの生活空間にまつわる岩石の習俗について論じる。この研究をもとに、中国の岩石に関する信仰や習俗についても同様の視点から資料収集と分析を行う。将来、日本と中国の岩石信仰の比較研究を行い、さらに東アジアの岩石信仰全体について分析する。

研究成果や研究で得られた知見
 本年度は、博論の前半部分を中心に取り込んできた。具体的な進捗状況は下記の二つである。
 まず、申請者は福岡県糸島市における安産・子授けの鎮懐石八幡宮をはじめ、佐賀県唐津市の田島神社における松浦佐用姫が化した望夫石、福岡県久留米市の大石神社の巨石について、フィールドワークを行い、資料を収集した。そのうち、神功皇后ゆかりの安産・子授けの鎮懐石八幡宮をめぐって、聞き取り調査を含むフィールドワークを行ったことによって、産育儀礼における岩石の機能、特徴、現状などを明らかにし、「産育儀礼と岩石信仰」という一章を完成した。また、従来の研究では、安産に関するものに限定されてきたが、例えば間引きの時に用いられた岩石のように、安産以外の習俗も視野に入れ、岩石を用いた「産まない」習俗を再検討し、岩石に託された「産む」ことを願う民俗の心性だけでなく、「産まない」ことを願う民俗の心性にも迫ることができたと言える。この成果をまとめた論文が『総研大文化科学研究』19号に掲載された。
 また、加藤享子は昭和四十年代初めのころまで富山県の西部には盆の墓掃除の時に川原から白い丸い平べったい石を拾い、墓の周囲に置く習俗が広くみられた点に注目して調査したが、川原や海辺での死者供養の民俗と水の世界の石を拾っての死者供養の民俗は、これまでも部分的には注目されていたのであったが、残念ながら全国的な視野での調査と情報共有は行なわれてこなかったと指摘した。そのため、申請者は多様な事例を視野に入れて葬送儀礼のなかで用いられた岩石の意味、機能と特徴などを明らかにするために、富山県の立山の賽の河原をはじめ、現代までに伝承されてきた富山県の西部における石を用いる葬送儀礼や習俗(小矢川の本流と支流の打尾川と山田川の流域)、南砺市における産子塚などについて、フィールドワークを行い、資料を収集した。それによって、葬送儀礼における岩石信仰を多面的に考察することができた。これらの成果の元に、明治政府の法令や第二次世界大戦後の変容、1960年代から70年代にかけての高度経済成長期、現在の新型コロナウイルス感染症流行などの社会変化のなかで、岩石を用いた葬送儀礼や習俗の変容に注目し、入手したデータをもとに博論の第三章「葬送儀礼と岩石信仰」を完成した。

今後の課題・見通し
 今後は博論の後半部分の執筆に取り組む。とりわけ病気にまつわる岩石の習俗や儀礼を中心に進めていく。人は病気になると健康を損い、日常生活のリズムが乱れる。そのため病気は、負の表象として避けられてきた。病気を防ぐため、現代医療だけでなく、漢方や宗教、民間医療なども大きな役割を果たしてきた。そのうち、岩石を用いた習俗や儀礼などが数多くみられ、たとえば、触ると下半身の病気に利く新潟県の「羅石尊」、百日咳が治せる石神がある。申請者は文献史料の収集・読解に加え、フィールドワークを組み合わせて岩石を用いた病気にかかわる習俗や儀礼から、人間と岩石の関係を考察していく。

 

2023年5月