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研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2021年度

中華人民共和国成立初期における外国人管理:その実態、変遷と意義

日本学術振興会 特別研究員DC2(受入機関:東京大学大学院総合文化研究科)
景 旻

【研究の動機、目的と意義】
 本研究は、国内の外国人を如何に管理するかという視座から、現代中国の政治と外交について再検討する。
 アヘン戦争以降の一連の条約による外国人特権の問題に対応することは、近代中国外交の始まりともいえる中国が直面した重要な課題であった。中華人民共和国が建国に際して、従来の外交を非承認することを宣言し、その政策は近代以来の中国における外国人特権の終結と考えられているものの、具体的状況に関する検討が不足している。他方、建国直後の中国は多くの国と国交が結ばれておらず、さらに冷戦という国際情勢の下で、外国人管理問題は対外関係と深く関連していたであろう。ゆえに、外国人管理は中国現代史における重要な一側面であるはずだが、既存研究の中で充分検討されているとは言い難い。上述の問題意識と先行研究の状況を踏まえて、本研究は豊富な史料に基づいて、特に今まで多く扱われていない中国地方公文書館の一次史料を中心に、外国側の史料も参照しながら論述を展開する。本研究は外国人管理の全体像を捉えつつ、中国に滞在する外国人の権利を検討し、当時の中国内政及び外交を分析することを目指している。
 以上の学術的意義のほか、本研究はさらに現実的意義も有している。外国人管理は現在でも中国において継続されており、外交上の紛争を引き起こすこともある。その歴史を明らかにすることは、今の中国の外国人に対する政策や行為を理解する有力な手段になり、関連する人的移動や国際交流の参考及び助力になると考える。

【研究成果と今後の課題】
 本研究は外国人管理の実態を明らかにし、さらに当時の政権にとって外国人管理が持つ意義について、内政と外交という二面からまとめた。
 第一に、外国人管理の実態について、中国共産党は各都市を接収した後、直ちに外国人に対する統制を始め、外国人の活動地域や時間に対して厳しい制限を課し、新聞などの営業をすべて辞めさせた。政権機構が整ったことに伴い、政府は外国人に対して戸籍登録を開始し、彼らの個人情報や活動などについて細かなコントロールを行った。また、外国人が仕事に従事する際は、政府からの監督を受ける必要があり、特に国権を守るという理由から文化業界(教育、宗教、新聞と出版など)に対する規制は厳しかった。他方、外国人が有した財産に対して、政府は様々な規定を通してそれらを接収、徴用、没収した。外国人の活動を制限し、彼らを中国人の生活と隔離させることは管理の特徴であった。
 第二に、国内政治の面における外国人管理の意義は、「国権回復」を打ち出して政権の合法性を示すことであった。近代中国の歴史において、欧米諸国の外国人が一連の不平等条約を通して中国での特権を得た事実があったからである。中華人民共和国が国家主権や自身の正統性を打ち立てる際に、それらの外国人特権に対して行った独自の対応は、共産党政権の政治的スローガンの一部となった。具体的には、毛沢東が言ったとされる「部屋をきれいに掃除してから、お客を家に招く」というものであり、これは列強の特権を一切なくすという決定であった。これを中国共産党政権が実現させた手段こそが、本論文が検討した地方の外国人管理工作であった。中国共産党政権は中国で活動した外国人に対して、細かな管理を行うことを通して、確実に外国人の特権を撤廃した、というのが本研究の結論である。なお、上述の国権回復が目的の管理は、資本主義国家のみに対する政策や行為ではなく、ソ連や他の「民主主義国家」に対しても同様に行われたことである。
 第三に、本研究は外国人管理と外交との関連性を実証した。中華人民共和国成立直後、外国人と関わる事務そのものが共産党中央によって外交工作と見なされていた。新政権が確立した後、都市における外国人管理機構も徐々に成立し、そこでの「外僑事務処」は管理を行う主な機構であるとともに、実際は中央外交部が指定した地方外交機構でもあった。業務上は必ず中央外交部の指示を得てから処理するほか、具体的な事例からも中央の外交政策が外国人管理に与える影響が見える。そこから観察できる外国人管理から見える外交の実像とは、前述の「国権を守る」という根本的な立場と、資本主義陣営と他の国家の僑民への異なる対応を通じて、各国家に対する政策や態度を表す役割を果たしていたということである。先行研究で注目されている対日人民外交と似たように、国内の外国人を通じて外交関係を推進するという対外工作が、実は日本のみならず他の国に対しても存在していたのは本研究の発見である。
 以上を踏まえて、申請者は引き続き外国人管理の具体例を掘り下げ、中華人民共和国政権に対する外国人管理の特殊な役割、特に中国政府は如何にこのような管理活動をルートとして対外関係を促進しようとしたかについて、さらに検討したいと計画している。

 

2023年5月

現職:東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程