成果報告
2021年度
経験としての写真論-触れない暴力あるいは非人間化の装置
- 東京工業大学大学院環境・社会理工学院 博士後期課程
- 村上 由鶴
本研究は、「暴力として機能する写真」を対象として、写真を経験する感性を研究するものである。これまでの写真研究では「何が写っているのか」、「どのように写っているのか」といった表象に関する分析が中心であった。しかし現在、一般に写真は、鑑賞されるだけでなく誰もが撮影者にも被写体にもなり、流通や編集までをも行うものである。従って、本研究では、写真をあるひとつの側面からとらえるのではなく経験の総体と位置づけて考察する。
近年、外食チェーン店や小売店などで客やアルバイトが自身の不適切行為を撮影してSNSに投稿する迷惑行為が相次ぎ社会問題化している。また、性的な画像等を、撮影された者の同意なく公開するリベンジポルノについては、2014年に「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(通称リベンジポルノ防止法)」が成立している。
これらの犯罪や迷惑行為を、個人のモラルの低下による現代特有の問題と考えることもできるが、例えば、1900年代初頭のアメリカ南部では集団暴行で殺害された黒人の遺体の写真が土産物として販売されていた。この事例は、写真が、個人の尊厳を奪うだけでなく、「我々(=白人)」と「彼ら(=黒人)」を線引きする他者化(othering)の装置として用いられてきたことを示している。このように写真には、過去から連綿と続く構造的な暴力を誘発する性質があると考えることもできる。このように、写真が暴力として機能する背景には、視覚文化が性差別や人種差別、障害者差別などの構造的暴力に加担してきた歴史がある。
そこで、まず写真が暴力として機能する事例の研究と「非人間化の装置」としての写真の性質の検証のための基盤となる視覚文化と構造的暴力の関係について、フェミニズム批評を中心に、ポストコロニアリズム論、障害学などの知見を用いて考察した。
この考察を踏まえ、本研究で研究対象とするのは①アブグレイブ刑務所の写真、②リベンジポルノ、③外食チェーン店や小売店などで客やアルバイトが不適切行為を撮影しSNSに投稿する迷惑行為(通称「客テロ/バイトテロ」)、④盗撮の4つの事例を予定している。今年度は、主に①と②について研究を進めてきた。
①イラク戦争下におけるアブグレイブ刑務所で生じた米兵による捕虜の虐待を撮影した写真の事例では、まず、撮影の経験が「触れない暴力」として機能している。虐待された捕虜のひとりは、警棒や、軍用犬、犬用の首輪、電気ショック用の電線などが拷問に使われ、その度に写真が撮られていたことを証言している。ここで撮られた写真は、撮影された者にとっては虐待の記録が拡散すること(を予想させること)によって、被撮影者の尊厳を喪失させる「触れない暴力」として働く。また、ピエール・ブルデューが『写真論』における家族写真の分析において指摘したように、写真は「ある集団の境界線を画定させる作用」を持つ。当時、撮影者=米兵は、被撮影者=捕虜を虐待し、その光景を撮影することで、捕虜を他者化して非人間的な存在に位置付けた。さらに、その写真をパソコンのスクリーンセーバーとして使用してもいた。これを踏まえると、虐待の光景を撮影する行為は、捕虜を非人間化する儀式であり、その写真はその儀式を幾度も反復させる技術であったと言えよう。
②リベンジポルノの写真の事例では、その写真が撮影されたときと、交際関係などが悪化してその写真が「拡散」されるときで、撮影者および被撮影者の感情および写真の意味が変容する。その写真は、撮影者にとっては「親しい間柄」で育まれた信頼と尊厳を、「写真の意味の転換」によって破壊することで、被撮影者を精神的に傷つける暴力の手段となっている。
しかし、アブグレイブ刑務所の写真の事例において最も不可解なのは、なぜ、撮影者(=虐待の加害者)自身が笑顔で虐待に興じている様子が撮影されたのかという点である。同様に、リベンジポルノの写真の事例においても、のちに被害者となる被撮影者はなぜ自分の性的な写真を撮影させるのかという問いも生じる。
本研究では、この問いに対して、写真が、理性的な判断を失わせる装置として働き、より露悪的なイメージを目指させる性質=「非人間化の装置」としての性質を有していると仮定し、これを検証する。これまでに、その検証においては、「非自発的同意」の概念や、フランスの心理学者ル・ボン『群衆心理』等を参照した。今後は、カメラというテクノロジーを使用した、特殊な経験としての「写真」について考察するために、科学技術と人間が協働する際の責任や倫理の問題を扱う認知科学の知見を援用して検証を行い、並行して③いわゆる「客テロ/バイトテロ」および④盗撮の事例研究を進める。
本研究の意義は、その写真自体を、人間に影響を与える主体と想定する点にある。この視点を社会に共有できるものとすることで、本研究が、将来的に人間が倫理的な写真の使い方を取り戻すための一助となると考える。研究成果をもって、他分野の研究者や団体・企業からの協力を得て、写真を用いた犯罪や暴力行為の抑止に向けた具体的な施策の立案や検証にも取り組みたい。
2023年5月