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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2020年度

ロシア革命・内戦期の中東欧における「民族」の政治単位化 ─ウクライナを中心に─

東京大学大学院人文社会系研究科 博士課程
村田 優樹

 本研究は、ロシア革命によるロシア帝国の崩壊から内戦の終結とソヴィエト連邦の成立に至るまでの激動の時代(1917~22年)におかれた中東欧において、言語・文化を共有する集団としてのみ表象されていた「民族」という人間集団が、政治的単位として確立されてゆく過程を、ウクライナ地域を中心に、国制史の観点から考察する。ウクライナ史の先行研究は、ウクライナ民族を所与の実体として一貫した歴史の主体とみなし、この時代に生じたウクライナのロシアからの独立と民族国家の成立を「民族解放運動」として、積極的に評価してきた。これらの研究は実証面で多くの成果をもたらしてきたものの、単線的な一国史観に立っており、民族が政治的単位になったことの意義を、長期的視点から、また他地域との比較を通じて検証するという契機を欠いていた。そこで本研究では、ロシア革命から内戦期のウクライナにおいて、民族が政治的単位になるべきだという規範が共有され、「一民族一国家体制」と呼べるような国際秩序が生起したという仮説をたてた。そして、この仮説を検証するため、ウクライナに存在、関与した諸国家、諸勢力の法的文書や政治綱領を包括的に分析し、当時のウクライナの国家体制を具体的に解明し、その変容過程と、中東欧全体での国家的変動との構想面、実践面での連関の有様を考察している。
 第一に本研究の意義として挙げられるのが、以上で述べたような一国史的革命史の刷新である。ロシア革命・内戦期のウクライナが激動の時代にあり、外国勢力を含む諸勢力が次々と介入していったことはよく知られていたが、彼らは新興ウクライナ国家の独立を脅かす脅威として描写され、それらの諸勢力の動向や国家構想が総合的に研究されることはなかった。本研究では、新興ウクライナ国家のみならず、諸勢力がみな基本的に民族自決権の論理を共有したうえで自らの利益のためにそれを利用していたことに着目した。すなわち、外国諸勢力をも当該地域における積極的アクターとみなし、恣意的な解釈に基づいたものも含む、諸勢力の軍事的・外交的構想における民族原理への参照の積み重ねによって、「一民族一国家体制」の新たな国際秩序が生まれる過程の分析を試みた。この分析は、国民国家や民族自決といった、今日まで国際秩序を規定する規範の起源を新たに問い直すことに繋がっている。この点に、本研究の研究史上の斬新さがある。また、これに付随して、本研究では先行研究が扱ってこなかった多数の史料を分析している。それらは各国文書館に保存されたウクライナ語、ロシア語、ドイツ語、ポーランド語などの史料を含んでおり、歴史的事実の新たな発見という意味でも本研究は大きな貢献をなしている。
 第二に、本研究は、歴史的にも、そして現在においても境界地域であるウクライナの複雑な歴史を扱うというアクチュアルな意義をもっている。2022年2月に生じたロシア連邦によるウクライナへの侵攻は、改めてロシア大統領ヴラディーミル・プーチンや彼の周囲のイデオローグがウクライナにきわめて強いこだわりを持ち、ウクライナを自らの支配下に置くことを望んでいることを日のもとにさらした。本研究が扱うロシア革命の時代は、350年のロシア帝国支配を経てウクライナが初めて民族国家として独立するに至る時期であり、ウクライナが西ヨーロッパとロシアのどちらの勢力圏につくのかという地政学的競合の構図が出現した最初の時代であった。主権国家であるはずのウクライナになぜ現代ロシアが執拗に介入するのかは、ロシア革命期の歴史、そしてその歴史のプーチン体制下における記憶の有様を知ることなしには理解できない。
 本研究は2021年3月から在籍しているウィーン大学東欧史研究所での博士論文プロジェクトである。2020年度の「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」助成期間には、主にロシア革命期のウクライナの領域自治そして独立の過程、またウクライナ内部の民族政策、すなわちウクライナの主要な少数派民族として定義されたロシア人、ポーランド人、ユダヤ人の制度的位置づけについて研究を行った。2021年9月には助成金を活用してキエフの国立文書館で約一か月間史料調査を行った。現行の戦争によって今後数年の史料調査の見通しが暗くなったことを考えると、きわめて貴重な機会であった。
 今後は、第一に2024年の博士論文完成を目指して入手済みの史料を基礎とした研究を継続し、その間も研究の成果を定期的に論文の形式で発表していきたい。また、現在のウクライナ・ロシア戦争の理解には、上述のように歴史的背景の考察が不可欠であり、本研究内容を解説する小論の寄稿やインタビュー対応などの社会貢献活動も行っていきたい。

2022年5月

現職:ウィーン大学歴史文化学部 博士課程