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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2020年度

アフリカ現代美術第3世代試論 ─キング・フンデックピンクと陶芸を起点に─

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 5年一貫制博士課程
中村 融子

 本研究の目的は、キング・フンデックピンクという、ベナン系フランス人で、日本の陶芸にも学んだセラミックアーティストを事例に、グローバル化と芸術概念の溶解が進む21世紀美術における脱植民地化・脱-西洋中心化の現況と課題について明らかにすることである。フンデックピンクを事例として取り上げることで、日本人にも身近な陶が現代美術のメディウムとして立場を確立している状況に着目し、現代美術で進む「脱植民地化」を他人事として観察するのではなく、そうした動向における日本の立ち位置、当事者性について考える点に特色がある。
 90年代以降、全世界的に美術の脱植民地化、脱-西洋中心化が進んできた。私は、そのポストコロニアルな状況下で、アフリカ現代美術シーンがプレゼンスを増し、アフリカ大陸やディアスポラのアーティストたちが立場を築いてゆく様子を、アフリカ地域目線で研究してきた。自文化を、西洋のまなざしではなく自らの主観で表象する作品が制作され、今やグローバルな美術の世界で立場を確立している。その背後には、美術を更新するシステム自体のラディカルな更新がある。既存の「美術」に疎外された文化資源を汲み上げ、作品制作を支え、売買や展示・評論を通じて価値づけし、歴史化してゆくために、美術館など旧来の美術施設とは異なる新しいプラットフォームが次々と建設され、代替的なネットワークが構築されている。こうした作品を取り巻く人と場の繋がり、学術・展示・マーケットが相互に関わる有機的な体系を、「美術のエコシステム」という言葉で説明することが増えた。
 フンデックピンクはまさに、2010年代にアフリカ現代美術シーンが涵養したエコシステムによってこそアーティストになり得た人物である。ベナン人の移民の親の下、パリのバンリューで生まれ、美術大学も卒業しておらず、「とてもアーティストになんてなれると思っていなかった、そんな世界に受け入れてもらえると思わなかった」という彼は、アフリカ現代美術シーンのアートセンターやレジデンス、アートフェアを利用してキャリアを構築してきた。美術がグローバル化したと言っても、制度に、規範に、評論の価値観に、強い西洋/白人中心性が残存している。そこから零れ落ちたものを拾い上げるエコシステムの涵養に、アーティストや知識人は尽力してきた。2022年、フランスの植民地時代に略取されたベナンの古美術の本国への返還に際して開催された展覧会で、フンデックピンクはベナン系ディアスポラを代表する次世代の一人として選出され、古美術と共に作品が展示された。
 そうした潮流の中で、西洋近代的な美術規範の解体が進み、これまで絵画や彫刻の劣位におかれ、工芸(クラフト)に分類されてきた陶や織物が、現代美術のメディウムとしてプレゼンスを高めている。陶を素材に制作するフンデックピンクは、この文脈にも位置付けられて評価されている。彼の作品は、非西洋地域の陶磁制作を現代美術のコンセプトとして昇華することで、美術-工芸の区分や序列と、それに紐づく「美術=前衛 工芸=土着」という観念を転覆させる、二重にラディカルな意義を有する。
 しかし、それを価値づける言説や制度には、美術-工芸区分とそれに紐づく価値観に起因する様々な分断が未だに残っている。そのような現況と課題について明らかにすべく、本助成金を使用した。国内外の陶と美術に関して文献調査を行うと共に、備前と信楽でフィールドワークを実施した。信楽の調査を通じて、陶芸の森のレジデンスを運営してきた杉山道夫と、産地と陶芸・美術を巡る認識を共有するに至り、杉山が運営するシガラキ・シェア・スタジオにて、リサーチ・レジデンスを立ち上げた。また、タグチアートコレクションと協働し、国内外のアートシーンのフィールド・文献調査を行い、コレクター向け講演等で知見を共有した。研究成果は、美術史学会全国大会および西支部3月例会にて発表した。本研究では、調査先を単なる観察対象ではなく、ゼミのような議論の場として活用し、知見を現場に還元しながら学術的問いを拾い上げた。その研究と実践の循環的関係自体の意義について、東京藝術大学国際シンポジウムArt/Research/Practiceにて発表した。
 調査を通じて、特に日本のやきものに関して、西洋からの偏ったまなざしと、日本の工芸に内在する帝国主義・戦後ナショナリズムの価値観が複雑に絡まりあって定着し、現代美術としての陶磁作品の評価に立ちはだかっていることが分かった。一方、そうした状況に対峙する人々が、あえて西洋からの偏見を揶揄的に模倣したり、創造的に誤解を活かして実践を文脈づけるような、強かな態度も見えてきた。今後は、そうした内側から少しずつずらすような微細な実践の持つ可能性に着目して、複雑に絡まった西洋中心性を解きほぐす実践について研究する予定である。
 また、日本語圏での研究や発表を通じて痛感したのは、現代美術の更新の仕組みそのものに関する無理解や、全世界的にラディカルに進む「地域が美術を書き換える」動向への無知に基づく、美術と脱-西洋中心化への冷笑や一種の諦めが(本来ならばエコシステムのエンジンとして機能するはずの!)人文研究者の間にも見られるということである。そうした諦めを打破し、美術の動的な魅力を伝えるような研究活動を継続したい。

2022年5月