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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2020年度

参議院の人材的な独自性と政治的帰結:参議院の民意反映機能とシニア性に着目して

東京大学大学院法学政治学研究科 博士課程
高宮 秀典

研究の目的や背景
 本研究の目的は,従来注目されてこなかった参議院議員の人材的な独自性を明らかにし,政治過程の中で参議院が持つ独自の役割を示すことである。この研究では特に参議院選挙区の機能に着目する。2016年に初めて選挙区の「合区」が実施されたが,地方の人口減少が進む中でさらなる合区は不可避であり,参議院の選挙制度に対する関心が近年高まっている。本論は参議院のあり方や理想の選挙制度を考える際に有用な情報の提供を目指す。
 本研究では参議院選挙区議員の人材的な独自性として,特に県議出身者の多さに注目する。これまで申請者は,郵政民営化法案に対する参議院自民党の大量造反や農協改革に対する参院自民党の抑止力,公共事業誘致における参院議員独自の働きについて検討してきたが,いずれも県議出身者が重要な役割を果たしていた。参議院選挙区はその広域性ゆえに後援会よりも県連動員の有効性が高く,その運営を行う県議が候補者選定で強い発言力を持つ(「県議枠」と呼ばれる)。本研究ではこの県議枠が成立するまでの歴史を考察する。

研究成果
 使用した資料は,歴代の参議院選挙区議員の回顧録・伝記類,候補者選定に関与した衆院議員・県議・知事の回顧録・伝記類,地方紙記者が執筆した地方政治史の記録や選挙ルポ,地方紙記事である。また参院議員経験者にインタビューを行い,古い時代の県議団の認識も調べた。
 県議枠が成立するまでの歴史は,3つの時期区分(①1970年代まで②1980年代から90年代前半まで③1990年代半ば以降)に分けられる。まず,①1970年代までは,県連組織が未整備で県議団に集票力・資金力が不足していたため,候補者選定で県議団が衆院議員や農協,党執行部に対抗することは困難であった。また,地域開発全盛の時代であり,公共事業誘致のためにも官僚出身候補の需要が大きく,県議団内で官庁とのパイプが細い県議を擁立するインセンティブがそもそも小さかった。一方で,県議が国政進出できる例外的条件として挙げられるのが,農協最高幹部や大実業家であったり,知事と蜜月関係(知事の擁立主体や知事の最側近)にあったりすることで,県議でも高い集票力・資金力を持つ場合である。
 それに対して,②1980年代以降は,県議団が集票力を獲得することで県議の国政進出が進んだ。石油危機の時代,保革伯仲に陥った自民党は支持率回復のために地方政党組織の整備に力を入れたが,総裁予備選や拘束名簿式比例代表制の導入により党員数が激増したことで県議団の集票力・資金力が向上した。また,地域開発のブームが高度経済成長後に沈静化し,官僚出身候補の需要が低下したことも県議の国政進出には有利に働いた。
 但し,一部の有力衆院議員に対しては,依然として県議団も対抗できなかった。さらに党中央の田中派・竹下派幹部が強力な公認権を有しており,県議団と衝突する場面も見られた。とはいえ地方に幅広いネットワークを持つ同派には多くのボス県議・有力知事が所属し,彼らは基本的に県議を擁立したため,中央の同派幹部と県議団が衝突する例はそこまで多くなかった。加えて田中派・竹下派の有力衆院議員は他派よりも多くの系列県議を抱え,地元選挙区では県議を擁立しやすかったため,同派幹部と県議団の衝突は一層少なくなった。
 そして③90年代半ば以降になると,衆院選挙制度改革等により衆院議員や竹下派(分裂も影響)の県議団に対する影響力が弱まった結果,県議団が一層発言力を強めた。特に90年代には選挙で無党派層を取り込む重要性が十分に認識されておらず,無党派受けしない県議が擁立されやすかった(98年参院選では候補者の約6割が県議)。一方で2000年代以降は無党派層の取り込みが急務となり県議の国政進出が鈍化したが,それでも候補者の約4割は依然,県議出身者である。なお選挙区の合区は県議の国政進出を抑制する方向に働くと推測されるため(県議出身候補は隣接県から支持を得にくい),参議院の性格をかなりの程度変容させることが予想される。

今後の課題
 研究課題名の通り,参議院の人材的独自性としては,民意反映機能(県議出身者の多さ)に加えて「シニア」性(経験や知識に富むこと)にも注目している。参院議員はよりシニアであることが要請されるが,先行研究 (福元2007: 第2章) ではこの点が定量的に否定されている (指標は大卒者や医師/大学教授/法曹の割合・国会議員としての在職年数・年齢) 。それに対して本研究では,候補者選定過程の考察を基に「各業界・各分野の専門家」という意味では参院議員がよりシニアであるとの見方を提示する。網羅的な定量分析は今後の課題だが,以下では議論の要諦を自民党に関して記す。
 まず①1970年代までは,県連組織が未整備のため,集票力のある農協最高幹部や事務次官クラスの高級官僚,資金力のある大実業家,知名度のある知事が多かった。次に②80年代以降は県連の集票力が増し,県議会議長等,県議会の重鎮が増加する。一方,衆議院では選挙区の狭さによる後援会の有効性を背景に,引退者の親族や秘書,系列県議や関係の深い官僚(いずれも若手)が多くなる。以上より各分野の専門家という意味では,各業界の職能代表が多くを占める比例区議員も含め,参議院議員はよりシニアであると言える。

2022年5月

現職:東京大学大学院法学政治学研究科附属ビジネスロー・比較法政研究センター 特任研究員