成果報告
2020年度
消費者の購買意思決定プロセスにおける他者志向的欲求の役割
- 日本学術振興会特別研究員PD(受入機関:神戸大学大学院人文学研究科)
- 河村 悠太
本研究は,自己利益につながる購買行動における他者志向的欲求の役割を検討する目的で実施した。従来,他者志向性に関する先行研究は,困っている人を助けたいといった他者志向的欲求が寄付やボランティアのような他者利益につながる行動にどのような影響をもたらすかを検討してきた。例えば,困っている他者への共感は,その対象への援助や寄付を促す (e.g., Batson, 2011)。一方,自己利益につながる行動の背後にも他者志向的欲求が存在するとみなすことができる場面がある。例えば,アイドルやアーティストの公式グッズの購入は,第一には行為者自身の利益につながる行動であるが,当該アイドル・アーティストの金銭的支援とも解釈可能であろう。他者志向的欲求によって自己利益につながる行動が促されるとすれば,その原因は,①行為者が真に他者利益を気にしているから,②「他者のためになりたい」という欲求によって自己利益につながる行動が正当化されるから,等が考えられる。これらの心理的プロセスを区別することは,「他者のために〇〇しましょう」といった,他者志向的欲求に訴える呼びかけが効果的な場面を調べる上で重要である。例えば,前者のように,自己利益につながる行動をとった行為者が真に他者利益を気にしているのであれば,他者志向的欲求に訴える呼びかけは場面によらず有効であると考えられる。一方,後者のように,他者志向的欲求は行動を正当化することに寄与しているのであれば,他者志向的欲求に訴える呼びかけはより正当化が必要な場面 (例えば第三者から観察されている場面) でより効果を持つだろう。本研究では,自己利益につながる行動を取った行為者自身の認識ではなく,第三者の評価を調べることによって,他者志向的欲求によって自己利益につながる行動が正当化されうるかを2つの実証的実験によって検討した。
研究1では,ある人物が自己利益につながる購買行動を実施したというシナリオを実験の参加者に示した。その際,行為者が自分のためにその購買行動を行ったという条件 (自己志向的欲求条件) と,誰か (例えば友人) のためにその購買行動を行ったという条件 (他者志向的欲求条件) と,そのような描写のない統制条件を設けた上で,その購買行動を行った人物をどのように評価するかを調べた。その結果,自分のために購買行動を行ったという描写がある場合や,欲求に関する描写がまったくない場合と比べて,他者のために購買行動を行ったという描写がある場合,行為者はより親切で優しい人物だと評価されていた。
研究1では,なぜ行為者がその行動を取ったかを直接描写していたが,現実場面では他者の内面を直接とらえることはできず,行動から推論することになる。そこで研究2ではこのような現実場面を反映した実験として,購買行動が他者のためになると説明されて行動した人と自己のためになると説明されて行動した人,およびそのような説明を受けずに行動した人に関するシナリオを参加者に示し,研究1と同様にそれらの人物をどのように評価するか調べた。その結果,研究1と同じように,購買行動が他者のためになると説明されて行動した人が,自分の利益になると説明された人や,それらの説明なく購買行動を行った人と比べて,最も好意的に評価されていた。
上記の通り,研究1では自己利益につながる行動であっても,その背後に他者志向的欲求が存在する場合はそうでない場合と比べて他者から好意的に評価されることが示された。研究2では,他者志向的欲求の存在が直接確認できずとも,その存在を示唆する手がかり (他者のためになる行動だと説明された上で購入する) があると,そうでない場合と比べてやはり好意的に評価されることが示された。これらの結果は,他者志向的欲求に基づいている場合に自己利益につながる行動が正当化される可能性を示唆している。
寄付・ボランティアのような他者利益につながる行動の場合,他者から好意的に評価されることがその行動を促す要因としても機能すると指摘されている (e.g., 河村,2022)。そのことを踏まえると,自己利益につながる行動であっても,他者志向的欲求の存在によって好意的に評価されることが,その行動を促進する可能性が考えられる。そのため,「他者のために〇〇しましょう」といった他者志向的欲求に訴える呼びかけは,自己利益につながる行動を対象とする場合でも,特に第三者に観察されるような場面でより効果を発揮するかもしれない。ただし,今後の課題として,本研究はあくまで第三者からの評価を調べたのみであり,行為者側を直接観察できているわけではない。また,本研究は仮想的なシナリオを使った検討にとどまっており,より現実的な場面で検証を行う必要がある。
2022年5月
※現職:大阪公立大学大学院現代システム科学研究科 准教授