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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2020年度

文化とコミュニティ維持のための村落・都市共創システムの構築

大阪市立大学都市研究プラザ 特任教授
中川 眞

 本研究の目的は、過疎地における民俗芸能(盆踊り)の持続的な継承のために、都市と村落(奈良県十津川村)が連携して新たな担い手を創出するシステムを構築することにある。芸能の安定的継承はコミュニティの文化的アイデンティティだけではなく、コミュニティそのものの維持に貢献する。しかし過疎地には人的な余力がない。本研究では都市住民が参入できるシステムを構築し、村落・都市両住民によって貴重な文化とコミュニティの消滅を未然に防ぐ試みを提案、実践するものである。その手法は、村内の担い手の協力を得ながら、大阪市、京都市、奈良市において盆踊りの定期的な練習会を開催し、盆踊りの時期には都市民が現地の行事に参加し、さらにはそこから派生する一定の交流を支援する、という取り組みである。民俗社会学的にいえば「交流人口の安定的確保」によって、文化とコミュニティの衰退速度を緩和するというものになるであろう。コミュニティが消える前には必ず芸能が消える。従って、芸能の灯火を絶やさないことが、コミュニティの消滅を防ぐ堤になるのではないかという仮説に基づいている。
 都市における継承は、本研究の代表者などの発案により、大阪市において数年前から始まっていた。その結果、人口100人弱の集落に毎年50名ほどが盆踊りに参加することとなり、大きな賑わいや交流が生まれてきた。その社会実装を拡張し、同時に検証してゆくプロセスを研究計画に盛り込んだ。
 しかし2020年8月の本研究が始まる数ヶ月前の春より、新型コロナウィルスの感染拡大と社会的機能の全面 停止によって、本研究計画は抜本的な変更を余儀なくされた。8月に予定されていた十津川村内の盆踊りは全て中止、また大阪市での対面稽古も中止という事態への対応を迫られた。とは言え、都市民への伝承は対面稽古以外にも直接的・間接的方法があるのではないかと考え、大幅な計画変更を施して研究を続行した。
 そもそも民俗芸能は祈りや厄払い、鎮魂などの機能をもっている。となれば、コロナ禍においてこそ芸能は何らかの役割を果たす責務があるのではないか。盆踊りは死者の魂との出会いの契機をもつ。それを中止するというのは・・・、死者の側に立っているのだろうか、生きている者のみの命を見据えているのではないか・・・といった民俗芸能の存在意義についての根源的な問いがふつふつと沸いてきたのである。
 計画の変更は何点か行った。まず第1に、都市での稽古をオンラインに切り替えた。大阪市で実施しているのは大字武蔵の盆踊りであるが、8月1日から毎月実施した。踊り保存会の方々が地元の公民館で、都市民が大学の教室でインターネットを介して踊ったのである。宣言の発出により、後に停止せざるを得なくなったが、21年4月以降は宣言の発出されない奈良市(奈良県立大学)に場所を移し、月に1回の稽古を続けている。当初は物足りなかったが、オンラインも慣れてくると稽古の録画を援用できるようになるというメリットを感じさせた。第2点は、1980年代後半に実施した全50字(あざ)の悉皆調査(聞き取り)を再実施したことである。この調査は村内の比較的若い勤労者に委託した。盆踊り担い手の当事者として調査に携わってもらうことが今後の伝承にプラスになると判断したためである。悉皆調査は21年4月に完了したが、33年前の調査と比較して、住民の盆踊りに関する記憶が大きく剥落しているのが鮮明となった。また、今回は新たに「中止となったきっかけは?」「復活させる気運は?」「どういう条件がそろえば復活できるのか」などといった住民意識を知るための質問を多く設けたのも特徴である。第3の変更点は、悉皆調査と並行して、村民の中に埋蔵されている盆踊り関連の映像を収集し、そのアーカイブの構築と、現行の10ヶ所の盆踊りの歌詞集や教則ビデオの制作を実施することとした。コロナ禍において映像メディアの重要性は高まっており、本研究の基本的テーマである「民俗芸能の持続的な伝承」に資するものである。そのために別のセクターからも資金調達し、合算しながら研究を運用しているのは瓢箪から駒といえる現象である。

2021年8月