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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2020年度

棚田文化継承のための耕作マニュアル作成を通じた地域振興

特定非営利活動法人新川田篭環境資産保全研究会 理事長
菊地 成朋

1. 研究の背景と目的
 棚田は景観の美しさや洪水調節など多面的機能を有することで再評価されるようになったが,その一方で中山間地域の過疎高齢化により年々維持が困難な状況となってきている。ただ,棚田に関心をもつ都市民は増えつつあり,それを現地の人的支援に繋げることによって持続の道が開かれる可能性がある。当研究会では,それに向けた試行的な取り組みとして,日本の棚田百選のひとつである福岡県うきは市の「つづら棚田」を対象に,都市民が棚田耕作を実践する「棚田まなび隊」の活動を行なっている。その際に地元農家の指導や協力を仰ぐが,ゆくゆくは隊員が当事者として耕作全般を担えるようになることを目指している。
 とはいえ,棚田耕作は未経験者が一朝一夕に担えるものではなく,さまざまな技術の習得が必要なこと,棚田は条件がそれぞれの場所で異なっており,その理解なくして耕作は難しいことを実感している。一方で,農家の知識は経験にもとづく暗黙知であり,地域外の都市民がそれを会得することは簡単ではない。そこで,棚田耕作の技術や棚田に関わる知識について,地元農家の協力を得て収集・整理し,明文化された資料として残すことで,棚田の営みを伝承し,新たな担い手の発掘に繋げたいと考え,本研究を企画した。

2. 本年度の活動内容
 本年度の主な活動は,以下の通りである。
1) 棚田まなび隊の実践:耕作条件の悪い棚田7枚を借り受け,年間を通じて14 回の作業を隊員の協働で行なっている。2020年はCOVID-19の流行により広く公募することは行わなかったため新たな参加者が少なかったものの,継続している隊員が多かったことにより,少数でも効率的に作業が進められ,予定の活動を実施することができた。また,イノシシやウンカの被害を受けたが,地元農家の指導を仰ぎながら対策を行なった。これらの経験も棚田マニュアルに活かされる。
2)「マイ田んぼ」プログラムの試行:コロナ禍で密を避ける観点からも,個人で耕作を行う「マイ田んぼ」プログラムを新たに開設し,2020年は2組に実践してもらった。これらは本隊の共同作業とは分離し,一通りの耕作をできる限り自前で行い,その過程をモニターした。「マイ田んぼ」は一般隊員に比べ1人あたりの作業量が大きくなるが,「自分もやってみたい」と申し出る隊員も現れ,2021年には4組が実践している。
3) 棚田に関する調査:水系ネットワークと各々の棚田への取水状況の調査を行い,水利の仕組みを把握した。その結果,つづら棚田では河川・人工水路イデ・田越しや竹樋による給水が組み合わされ,複雑な地形の棚田に水を行き渡らせるシステムが形成されていることがわかった。また,地元農家への聞き取り調査によって,水の管理が日々きめ細かく行われていること,降雪や降雨などの天候と稲作との関係についての理解につながった。
4) 先進事例の視察:移住者による棚田耕作に先進的に取り組んでいる事例として,新潟県十日町市の視察を行い,地区特性や行政の支援体制,協力関係の確立についてヒアリングを実施した。また,北部九州の棚田(江里山,蕨野,浜野浦,土谷)を視察し,玄海町において棚田保全に関する意見交換を行なった。
5) マニュアル作成に向けたミーティング:研究メンバーによるオンライン・ミーテイングを毎月開催し,マニュアルの叩き台を持ち寄り,検討を行なった。現時点で,棚田の概論,水利システム,耕作機械の使い方を含めた農作業,棚田に生息する生物などに関するページの素案を作成している。

3. 今後の活動
 棚田まなび隊の活動を継続する(2021年もコロナ対策をしながら前年同様の活動を行なっている)。「マイ田んぼ」プログラムも今回の試行で可能性が確認できたことから継続し,運営側のサポート体制を整備する。
 棚田まなび隊の実践や調査活動を踏まえて,マニュアルのコンテンツを充実させる。マニュアルは枠組みを設定し,具体的な記事はオムニバス的に集めていく。毎月のミーティングでブラッシュアップし,ある程度の蓄積ができた段階でマニュアル・ブック発行に向けた編集に入る。また,COVID-19の流行が収束した段階で,地元農家との交流会を開催し,棚田まなび隊の活動についての意見や助言をもらい,マニュアルづくりに活かす。

2021年8月