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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2020年度

“雛まつり”のこれから―「まち巡り観光ツール」から「人形文化」へ―女性・ライフスタイル・移住の視点から手立てを探る―

公益財団法人兵庫丹波の森協会丹波の森研究所 研究員
上岡 典子

Ⅰ.現代の雛まつりと研究目的
 雛まつりは今、それぞれの家庭で行われる伝統的な「家庭行事」として広く認識されている。しかし高度経済成長期以前、丹波地域などの里山では、春の一日、子供達が男女の別なく共に野山にいで春の到来を寿ぐ、農の節目や集落など共同体の育成と結びついた「地域行事」として行われていた。平成初頭からは“雛めぐり”とも称され、“まち巡り”を楽しませる観光ツールとして行われるようになり、再び地域ぐるみで行う「地域行事」へと回帰するとともに、地域が外部と関係性を結ぶ「まちづくり装置」としての役割を担うようになった。
 この“雛めぐり”は昨今、全国から不要になった雛人形を集めるリユース型が広がりをみせている。集めた雛人形を巨大ひな壇に飾る‘ビック雛まつり’や、集積した雛人形を各地に再分配し雛人形で現代生活などを擬える‘福よせ雛プロジェクト’などである。しかしそのあり方は、一時の観光活性に結ぶものの、地域と文化の未来につながっていくのであろうか。
 この一方で、男女一対の人形を基本とする雛かざりに対し、女性の幸福を、結婚や上流志向などの一元的価値観で表すものとして、現代の多様な価値観との齟齬も生じている。また他方、今日のイベント行事には、東京2020オリパラなどでも現れたように、コロナはじめ自然災害など様々な事変の中での催行を問われ、人々が社会課題を考える機会―社会性メッセージを備えた「社会性行事」と捉えていく事が求められつつある。地域行事として回帰した年中行事においても、社会課題に対するメッセージ発信や、実現へのムーブメントを起こす機会とする事を視野に入れる必要があるのではないだろうか。
 丹波篠山市、丹波市からなる兵庫丹波地域(以下「丹波」と記す)では、2015年から各々の市民団体により雛祭りが開催され、2017年からは京都丹波地域の亀岡市とともに、“たんば雛めぐり交流会”を設立し、雛連携活動を進めている。私たち丹波では、全国から雛人形を集め‘量’で魅せるものとは距離をおき、地域文化という‘質’で魅せるものでありたいと考えてきたが、観光誘客イベントに留まらせず、その未来をどのように描くのか、開催から3~5年目を迎えた我々の命題となっている。
 本研究では、雛まつりのこれからのあり方を探ること、およびその中心的な支え手となっている中高年女性のライフデザイン※1の状況を明らかにする事を目的としている。

Ⅱ.本研究で得られた知見
【1】活動経過
 本研究は当初、試行テーマによる雛まつり実施、およびアンケート・ヒアリング調査を行い、これらの知見をもとに研究会でこれからのあり方について協議を行い、地域のコンセンサスを図る予定であった。しかし予定していた「人形文化にハマる」をテーマにしたプログラム実施(各会場で人形作家展はじめハンドメイド展、コレクター展、人形劇、人形づくり体験などのプログラムを企画)は、新型コロナの感染拡大防止のため全て急遽中止となった。その後の2021年、22年の開催においても、表立った宣伝活動を行わない、展示のみの内々の行事として行う事となった。研究会も同様で、少人数での数度の意見交換に留まった。なおこの間、小冊子「ひな学散歩」(家々に内在する雛人形の図録や丹波の節句習俗、およびまち育てとして取り組んできた雛まつりの歩みを記載)を、丹波篠山ひなまつり実行委員会により発行した(22年3月)。

【2】方向性の借定
 雛まつりは、海外にDoll's Fes.やGirl's Fes.と紹介するように、その特徴は「人形」と「女性」にある。本研究では、丹波地域におけるこれからの雛まつりのあり方として、未来に結ぶ文化創造の機会として「人形文化」ないしは「女性のものづくり・・・・・文化」を寿ぎ尊重する機会へと転じていく事が必要ではないかと借定した。
 これは当地が、郷土の土人形・稲畑人形はじめ丹波焼などの民藝の土壌を育んできた地である事。そしてこの土壌を背景に、近年、女性クリエイターたちの制作の場、暮らしの場、独立開業の場として移住が増え、創作人形づくりに関わるクリエイターも散見されると共に、‘丹波篠山まちなみアートフェスティバル’や‘アートクラフトフェスティバルinたんば’を筆頭に、ハンドメイド市やオープンファクトリーなどの発表交流活動も年々盛んとなっている事からである。雛まつりは、人形文化や女性のものづくり文化を照らす一つの舞台となり、このような土壌、動向と響き合い、地域文化の厚みへと結ぶこと、丹波のものづくり文化の地域ブランドイメージをより鮮明に浮き上がらせる事を期待したものである。

【3】調査構成
 本調査では、この雛まつりのあり方についての市民意向を問うとともに、雛まつりを支える人的、経済的基盤の状況について調査した。今般、コロナ禍を契機に、蓑原敬※2が今後の地方都市のあり方として推測した“個業社会”の時代に一気に進もうとしている。そこで本調査では、経済的基盤としてパーソナルビジネスなどの里山女性の「ビジネス状況」、および人的基盤として「移住者状況」に着目し調査を行った。
 調査事項は、(1).雛まつりへの市民意向、(2).里山女性のライフデザイン特性、(3).里山女性のビジネス状況、(4).移住者の状況の4項目とし、アンケート調査(対象は、丹波地域の女性(以下「里山」と記す)および京阪神等の都市女性(以下「都市」と記す))およびヒアリング調査を行った。アンケート調査では、里山123人、都市120人から回答を得た(回収率48.3%)。ヒアリング調査では、移住クリエイターほか資材販売業、セレクトショップやギャラリー運営など合わせて23人から聞き取り調査を行った。

【4】結果の概要と今後
(1) 雛まつりのこれから  雛まつりの、今後のあり方への市民意向(複数選択可)は、「季節の節目(里山,約89%)」「家族の絆(同40%)」「観光活用(同35%)」という近来の踏襲に続き、「人形文化やものづくり文化を寿ぐ機会(同29%)」となった。「大人を含めた女性の日(同9%)」については、都市の22%と比べ里山では9%と、1割を切る低い意向が示された。これには、ジェンダーニュートラル意識の広がりなどによる‘女性特化への違和感’に加え、丹波では、高度経済成長期以前に、男女の別なく桃節句を祝うという慣習があった事が影響していると考えられ、今後、地域とともに思慮を深めていきたい点である。

(2) 里山女性のライフデザイン特性  日々の生活の「充実感」を視座として、里山と都市の女性のライフデザインを比較した。充実感スコア(10点満点平均)は、里山5.65、都市5.66となり、また「充実感に満ちている」「やや充実感がある」等のカテゴリー比率差についても、里山と都市の生活圏による有意差はなかった(35-64歳の女性,n=167)。

・充実感スコアの差異はみられなかったが、3つの行動性「ビジネス性※3」「社会アクター性※4」「クリエイティブ性※5」に注視し充実感との関係をみた所、里山と都市に次の相違が明らかになった。都市では、「充実感」との関係が認められる行動性は「クリエイティブ性」のみであったが、里山暮らしの充実感には、3つの行動性いずれもが正の相関関係を示した。なかでもビジネス性は、里山では価値観としても重きが置かれ、充実感に大きく関わっている事が明らかになった。このビジネス性および社会アクター性が充実感に影響を及ぼしているという点は、都市女性には見られない特性であり、逆にこれらの主体的な行動性がない場合、里山暮らしは充実感が薄いという事も浮き彫りになった。なお本調査では、里山の社会貢献活動率(社会アクター性のうち交流型を除外)は69%に及び(35-64歳の女性)、逆に都市の社会貢献活動なし・・は同率の69%と、予想以上に差異がある事もわかった。

(3) 里山女性のビジネス状況  女性事業者(35-64歳)のワークライフバランス(=WLB)の満足層割合は、里山では91%(都市69%)と、多くの事業者が生活との調和に満足感を得ているとの結果となった。 女性の充実感クラス別行動性ー生活圏による比較 しかし里山では年収200万円以下の低所得層が71%を占め(都市、同43%)、里山では働き方としては満足感を得ているが、経済的自立の状況にない事も明らかになった。 ・丹波の事業地への満足層割合は65%であった。業種別では、飲食などの「サービス系」では満足層割合が約40%であったのに対し、「ものづくり系」は同88%と高い割合を示した。 ・「ものづくり系」事業者へのヒアリングでは、丹波の事業地長所として以下の点が挙げられた。1.民藝の土壌を育む地である事、アートフェス等の2.つなぐ機会と人の存在とともに、丹波新聞等の地域紙の存在と近年の丹波地域を対象にした情報誌の発刊や特集による3.情報発信の機会が得やすい事が挙げられ、事業地としての“のびしろ”を実感するとの声もあった。また京都丹波地域や山城地域などの類似の里山地域に比較すると4.生活利便性が高い点も挙げられた。 ・里山では、社会貢献活動を行っている事業者は91%に及んだ(転勤等の一時居住者を除いた従業員等では66%)。また社会アクター性度※4においても、事業者は従業員等の倍近い高い社会アクター性度(事業者5.22、従業員等2.67)を示し、事業者は高い社会アクター性をもつ事が明らかになった。

(4) 移住者の状況  丹波への移住推奨度(10点満点)5.89、移住をお勧めする人の割合(≧6)は56%であった。居住起因別平均は、IJターン7.0、Uターン6.29,郷土居住者5.90で、結婚移住者が最も低く4.91であった。
・‘今の地域で暮らし続けたい’とする「定住意向」は約36%、‘丹波地域以外に移住を検討している’とする「転出意向」が約8%であった。転出転居の理由としては、買い物や医療福祉等の利便性の改善が36%、人間関係などを理由とするものが23%であった。 ・移住者の社会アクター性をみると、移住者の84%が地域とのつながり・・・・があるとし、移住者の中でも、IJターン移住者は、社会貢献活動の参加率(87%)においても、社会アクター性度(4.53)においても、Uターン移住者(同59%,3.45)ほか、郷土居住者(同73%,3.62)を大きく上回り、IJターン移住者は、地域活力を担っている事が浮かび上がった。

 雛まつりは、「地域装置」から「家族装置」、そして「まちづくり装置」へと時代とともにその役割を変え継承されてきた。今後、文化創造とどう結びつけていくか、どのような社会課題と寄り添っていくのか、今回の調査で浮かび挙がった事柄を議論の叩き素材として、地域でそのあり方を模索したい。


※1 ライフデザイン:移住などの長期的な人生設計とともに、それぞれの価値観に基づいた日々の過ごし方、行動性という意味から、ここでは生活様式のタイプ分類的な意味合いを含むライフスタイルではなくライフデザインとした。 ※2 個業社会:蓑原敬が1998年に提起した地方都市のあり方。‘現代は「家業社会」から「企業社会」になっているが、次に「個業社会」の時代が来るのではないか。そして地方は、家業型から脱皮すべく企業誘致ではなく、好きな事を、店を通して実現するような「個業」に活路があるのではないか’というもの。 ※3 ビジネス性:「事業者(主体的な事業活動者として、法人経営ほか、個人事業主、フリーランス、家族経営、グループ事業活動等)」と「従業員等(会社員や職員、契約社員、パート・アルバイト等)」「無職」の3つのカテゴリーに分け、主体的な事業活動の有無をビジネス性とした。 ※4 社会アクター性:趣味の地域クラブへの参加はじめ自治会活動、動物愛護活動、福祉活動、まちづくり活動などの活動を社会アクター性とした。これらの活動を交流型、地域コミュニティ型、生活環境改善型、テーマ型、地域活性型の5つのカテゴリーに区分し、これらに社会影響面から1~5の重みづけを行い、社会アクター性の指標値―「社会アクター性度」とした(複数活動者は加算,Max15)。なお「社会貢献活動」は、社会アクター性活動のうち交流型活動を除外したものとした。 ※ 5クリエイティブ性:陶芸や雑貨、動画、料理、農産物加工などの制作製造や、空間・イラスト等のデザインなど、趣味や仕事での創造性を伴う活動をクリエイティブ性とした。

2022年8月