成果報告
2020年度
国際政治における観念体系と戦略形成・政策選択のメカニズム
- 大阪観光大学国際交流学部 教授
- 森田 𠮷彦
国際政治の戦略および政策は、純粋な国益の計算にのみ基づいて遂行されているわけではない。政策決定者の思考には、観念体系が介在する。観念が対外戦略および政策に作用するメカニズムをより詳細に解明すべく、国際政治の時代環境と思想に重点を置いて対外政策を読み解くことには、意義がある。それは、従来の英米中心の国際政治研究では充分には扱えない問題を、異なるそれぞれの観念体系に着目することによって、解釈・理解していくということでもある。このような問題関心から共同研究を進め、2020年8月から9回にわたって研究会を行い、議論を重ねた。
例えばドイツの場合、歴史的な国際秩序観が、英米などとは異なる。「中欧」としてのドイツは、国家的統一や安全保障をヨーロッパ秩序全体の抗争や秩序論のなかで論じる伝統を持ち、大国政治の分断の固定化・深刻化を防ぐために、陣営間の相互浸透や対立のなかのバランサーを実践してきたと言える。フランスでも、歴史学・社会学・地政学などとの結びつきが、英米とは異なる国際関係論を生み出している。また例えば、20世紀の国際共産主義運動にも、早くからアジアに関心を持ち、アジアを使うことでヨーロッパ人の目を引こうという発想があるなど、観念体系のダイナミズムを観察可能である。同様のことが、ヨーロッパから遠いロシア極東や中国が、1920年代を軸として国際秩序上のグレーゾーンとして扱われた歴史にも、見て取ることができる。
国際政治研究の世界的な標準形を形成してきたアメリカの場合でさえ、観念体系に着目すると、自国の歴史を世界史のなかで位置づける観点や、外からの影響の観点がなかなか見られないという、不在の特徴を見出しうる。そのほか、観念体系を支える各国のセルフイメージが、それぞれの戦略構想に枠をはめたり、逆に促す素になったりすることも見えてきた。それは、日本で国際協調主義が歴史的に負った条件や、現代中国の国際政治学が「中国的特色」を探求せずにはおれないことを見ても分かる。
のみならず、政策決定者の思考を純粋な計算から遠ざける観念体系は、それを検証しようとする研究者の思考にも介在している。研究者こそ、古今東西さまざまな歴史上の事例を、それぞれの文脈に即し、観念体系に留意して見ていきながら、国際政治を見る視野を開く必要があるとも言える。またこの歴史については、歴史それ自体から学ぶとともに、言説としての歴史に着目する仕方もあることを、看過してはならない。
本研究課題については、今般のロシア・ウクライナ戦争が、観念体系での相違が深刻な問題となることを浮き彫りにした。私たちは、今後も共同研究を続けていきたい。21世紀の日本に生きる私たちにとって、依然としてこれは極めて重要な課題であると考えるからである。
2022年8月