成果報告
2020年度
国際的な企業不祥事の予防・対応・再発防止に関する基礎理論の研究―グローバル法学の方法論の確立に向けて
- 信州大学社会基盤研究所 所長
- 丸橋 昌太郎
1 研究目的、概要
本研究は、国内外の研究者、実務家によって、「外交問題」としてとらえられてきた国際的な企業不祥事の対応を、「学術問題」へと転換を図り、その方法論を模索し、外交力ではなく、学術的アプローチによって解決していくことを目的とする。
当研究の方法論は、各国の研究者・実務者による徹底した討論により、各国の制度や概念の共通理解を深めて、それを止揚する理論を析出していくことによるものである。本研究の最大の成果は、日米合同のワークショップ「White Color Crime Workshop」を定例化した点にある。同ワークショップは、グローバルな対応が求められることが多い企業犯罪をテーマに、各国の研究者・実務者が事前・事後も含めてディスカッションをして上記の目的と達成しようとするものである。このワークショップにより、特に、従来、共通理解に至らなかった要因として、共通していると思われた概念、たとえば Charge=起訴、が、実は、各国の刑事手続における機能や意味合いが異なっていることが大きいということが明らかになっている。
2 2020年度の活動
新型コロナウイルスの影響で、対面によるワークショップの開催は、諦めざるを得なかったものの、 オンライン方法を検討して、2020年11月20日に、第2回 White Color Crime Workshop を Web 上で開催した。参加者は、日米英の研究者・実務化に加えて、ドイツやフランスの実務家も参加するなど、広がりを見せることができた(20カ国以上149名(120名外国研究者・実務家)の参加となった)。
今年度も、多くの新しい知見を得ることができた。まずは、デジタル化、グローバル化、複雑化が進む企業活動に対して、各国の法執行機関(Enforcement Authorities)がどのようにアプローチしていくかについて、従来型の捜査機関による物理的な強制力を持った証拠収集に、大きな限界をむかえていることは各国の⼀致を見ることができた。また企業自身が不正の予防・摘発活動を積極的に行うことを促す仕組みをつくっていくこと(インセンティブ設計)がグローバルな潮流となっていることが明らかになった。いわば企業犯罪の捜査について政府から企業へのアウトソーシングが求められているのである。
企業へのアウトソーシングのありようは、各国においてさまざまな考え方や文化の違いがみられた。米国は、経済的合理性を重視する仕組みを構築している一方で、英国は、司法が強く関与する仕組みを構築している。ドイツは、これらの間をいく制度にむけた立法作業に入っている。
企業サイドの視点からみると、司法の関与が、先を見通せない事情の⼀つになっており、それが英国でのDPA(訴追猶予合意)の利用件数の少なさにつながっていることも明らかになった。改めて、司法の役割とは何かという原理的な問題を突き付けられている。企業への捜査のアウトソーシングにあたって、司法の理論的な位置付け(①)を正面から検討することが世界的に求められている。また企業への捜査のアウトソーシングにおいて、調査(捜査)の中心になるのは、弁護士である。弁護士が調査をするにあたっては、昨年度も問題として指摘された通り、弁護士依頼者秘匿特権の理論的整理(②)が不可欠である。特に、特権の範囲が各国で異なるなかで、通底する理論を明らかにして、各国の違いの背景にある考え方をお互いに認識することが、グローバル対応において求められていることが確認された。
今年において、各国の実務からの提言で、新たな理論的問題として浮上したのは、企業内調査における黙秘権や自己負罪拒否特権の告知(③)など、調査ルールの理論的基礎も各国に共通して必要となっていることも明らかになった。この問題は、刑事訴訟法の理論にとどまらず、各国における使用者と労働者の関係を規律する労働法の構造にも依拠するところが多く、とりわけ労働者の調査協力義務の位置づけなど、労働法理論(④)においてもグローバル法学の視点を取り入れる必要性が明らかになった。
②の点は、2021年日本刑法学会ワークショップ(オーガナイザー丸橋)で取り扱った。
3 今後について
今後は、各国の実務家・研究者が連携するプラットフォームを構築するとともに、その情報発信を積極的に進めていく仕組みを検討していく。
2021年9月