成果報告
2020年度
古代から中近世にわたる山城・城柵・グスク・チャシの変遷に関する研究~構造の3次元モデル比較と防禦機能に関するシミュレーション~
- 佐世保工業高等専門学校基幹教育科(歴史) 教授
- 堀江 潔
(1)研究の進捗状況
新型コロナ感染拡大により共同研究者とのドローン空中撮影は活動縮小せざるを得ず、①城郭踏査による防禦機能の再検討、②ドローンに頼らない写真測量画像獲得法の模索、③3次元モデル製作技能・ドローン操縦技能の向上、の3点に重点を置いて研究を進めた。2020年以降の踏査箇所は次の52ヶ所である。
古代山城:怡土城、〇雷山城、鹿毛馬城(以上福岡県)、〇おつぼ山城、〇帯隈山城、〇基肄城(以上佐賀県)、〇鞠智城(熊本県)、〇石城山城(山口県)、◎鬼ノ城、大廻小廻山城(以上岡山県)、屋嶋城(香川県)、高安城(大阪府・奈良県)。古代城柵:渟足柵想定地、磐舟柵想定地、都岐沙羅柵想定地(以上新潟県)。
中世山城:黒木城、唐船城、原城(以上長崎県)、姉川城、横武城、直鳥城、蓮池城、唐船城(以上佐賀県)、備中高松城(岡山県)、信貴山城(奈良県)、岩倉城(愛知県)、鵜沼城(岐阜県)、松尾城、台城、大草城(以上長野県)、◎長浜城(静岡県)。近世山城:平戸城(長崎県)、名護屋城、堀秀治陣屋、羽柴秀保陣屋、鍋島直茂陣屋、唐津城、佐賀城(以上佐賀県)、熊本城(熊本県)、鶴丸城(鹿児島県)、小牧山城、犬山城、清洲城、名古屋城、岡崎城(以上愛知県)、飯田城(長野県)。
チャシ:◎ヲンネモトチャシ、◎ノツカマフ1号・2号チャシ、◎ポンモイチャシ、◎ニノウシチャシ、◎アフラモイチャシ、ユオイチャシ(以上北海道)。
◎印の城郭ではドローン空中撮影、〇印の城郭についてはデジタルカメラ・アクションカメラでの撮影を実施、取得した写真測量画像を用いてそれぞれ基礎資料となる3次元モデル製作実験を行った。また初年度に得た知見から、[A]海に突き出た半島・急崖上に所在する古代山城・金田城(長崎県)、[B]海から遠く離れたなだらかな丘陵上に所在する鞠智城(熊本県)という対照的な立地にある古代山城に着目し、それぞれ類似する地形に所在する山城との比較研究を進めた。
(2)成果と新たな知見
[A]海に面した急崖上の城郭について、金田城や屋嶋城、長浜城、平戸城等は自然地形を利した防禦力が高いが、ヲンネモトチャシやノツカマフ1号・2号チャシ等、根室半島オホーツク海側のチャシや沖縄本島南端のグスク・具志川城等は、陸地側に地形の傾斜が小さく防禦力は高いとは言えない。チャシは樺太・シベリアの影響が濃く、グスクは中国南部の城郭との影響関係が考えられ、今後は日本列島弧を超えて防禦思想の相違を追究する必要がある。また古代山城の石塁築造技術は中世以降の城郭の石垣に繋がらないとされるが、金田城や屋嶋城・永納山城等の海に面した古代山城は、海上交通の要衝に位置しており、石塁や城門等は海上から眺めることが可能な箇所が多い。城郭に限らず古墳の内部構造や寺院の基壇等、古代の築造技術が中世以降の石垣築造技術に与えた影響関係の再検討が必要である。
[B]なだらかな丘陵上にある城郭について、従来防禦力が低いとされる鞠智城は、外郭線外側が急崖である箇所が多く、決して防禦力は低くないことを確認した。同様に防禦力が低いとされるおつぼ山城も、官道の通過点となる城域北部は急傾斜の地形と土塁で防禦力が高められている。また踏査困難な帯隈山城について地元研究者の協力を得て踏査を敢行した結果、外郭線沿いは急傾斜である箇所が多く、防禦力が低いという評価は再検討を要する。標高や比高を基に城郭の防禦力を論じる危険性は高く、標高や比高が高くない城郭の防禦力の解明が重要となる。今後はこれまで以上に個々の城郭の立地や交通路との関係等を明確にし、敵襲を受けやすい谷間地形の箇所等、防禦力を高めねばならない地点の個々の防禦力を緻密に追究していく必要がある。
②について、高さ11.5mまで伸びるBi RodやアクションカメラGoPro等を活用することで、飛行場近隣や人口密集地域等のドローン飛行禁止地域における高所からの写真測量画像獲得や、海に面した急崖上の城郭の海底地形把握についての実験、点群データの編集ソフトCloudCompareの活用による山城の谷間地形の断面検出と図示等を試みた。光度等の課題も多いが、今後はiPhoneに搭載されたことで手近な存在となったLiDARスキャナを用いた3次元モデル等と組み合わせながら、各地の城郭が持つ防禦力の可視化、数値化を進めたい。
(3)今後の課題
従来の研究では山城の防禦力について標高や比高で論じられることが多かったが、それには見直しが必要である。本研究は、70ヶ所程度という極めて限られた山城踏査とドローン空中撮影、3次元モデル比較等を行ったに過ぎない。今後さらに検討材料を増やすため、周辺地形や交通路との関係、特に敵襲を受けやすい谷間地形の防禦力等々について詳細な地形探査に基づく防禦力の数値化を試みる必要がある。壮大なテーマを掲げて2年余り研究課題に取り組んできたが、まだまだ道半ばである。測量・撮影機材等の購入や、ドローン探査技能・3次元モデル製作技能の向上等、研究環境は確実に整備され、今後共同研究者とともに検討材料を飛躍的に増やしていける体制が構築できた。加えて、本研究を通じて知り得た各地自治体の文化財担当者や地元研究者の、ドローン等を活用した文化財活用に対する熱い気持ちをうけ、文化財の測量と活用に関する連携研究活動、城郭等の歴史文化観光資源を活用した地域振興方法の研究等にも取り組み始めることができた。本研究が、ライフワークとすべき多様な研究課題に展開・発展していく端緒となった。貴重なきっかけをいただいた貴財団に感謝し、工学的手法を用いた歴史研究や観光学等々、多方面にわたる研究を着実に進めていく所存である。
2022年8月