成果報告
2020年度
生環境構築史学(Habitat Building History)の実効的展開のための基盤的研究:日英併記編集による交流・発信媒体の確立と実践を主眼に
- 早稲田大学理工学術院 教授
- 中谷 礼仁
1. 研究目的、概要
図1 生環境構築史概念図(日本語版、2020)
本研究は地球-人間環境の適正化をめざした学際研究活動を、特集形式のWEBzine媒体を作り、同人(研究遂行者)の検討を元に、リアルタイムに関連研究者に寄稿等を依頼することで研究の活発化、新ジャンルの萌芽的形成を目指す活動である。研究体制の総合的方向性を私たちは生環境構築史Habitat Building History(HBH)と名付けた。
ここでの生環境とは、人類が自らの持続的生存のために構築した環境の全般を指す。住居・集落・建築・都市・農地などは生環境の具体例である。それら生環境の史的段階を「構築様式」と名付け、原始段階(構築様式1)、古代段階(構築様式2)、近代(構築様式3)、その批判的活動体を構築様式4として、将来の地球環境像を構築しようとした(図1参照)。そのため日英中併記のウェブ媒体を作り、世界の知者との討議と連携を行い、またそれらの過程と成果を発信・蓄積・共有することが目的である。
2. 研究進捗
図2 第3号特集「鉄の惑星 地球」
編集同人(研究遂行者)の地球科学(伊藤孝)・土壌学(藤井一至)・環境史学(藤原辰史)・建築史-都市史学(松田法子・中谷礼仁・青井哲人・マシュー=ムレーン)・建築学(日埜直彦)・芸術学(平倉圭)・美術(小阪淳)によって運営している。
第一号「SF生環境構築史大全」、第二号「土政治・10年後の福島から」を予定通り発刊した(2020.12,2021.3発行)。第三号「鉄の惑星・地球」(仮)も編集中である。
第一号は生環境構築史の、とりわけ構築様式4概念の深化のため、これまでサイエンス・フィクション(Sci-Fi)によって描かれてきた未来像を、初期近代から現代まで通史的に検証した。参加寄稿者は巽孝之(アメリカ文学史)、石橋正孝(フランス文学)、樋口恭介(SF作家)等6名+編集同人である。第二号は、地震という構築0の自律的運動に対して、構築3が暴発したともいえる福島の原発事故後10年を扱った。福島の土壌汚染とそれをめぐる政治活動に注目した。参加寄稿者はアン・ビクレー(環境プランナー)、デイビッド・モントゴメリー(地質学)、溝口勝(土壌環境計測学)、小塩海平(植物生理学)ら7名+編集同人である。そのほか『現代思想』2021年9月号の小松左京特集において、生環境構築史名義でグラフィックスを含む論考を発表などした。
3. 新たに得られた知見
学際的同人と統一したビジョンを持つ生環境構築史(構築様式4の模索)によって、同人編集会議を数度にわたって開き、特集のテーマ検討から、特集担当の選定によってまず同人間で新たな知見が得られ、また寄稿者の投稿によって新しい知見を得ることができる。特に冒頭におく先行研究者へのヒアリングを母体にした特集連動記事は、生環境構築史の名の下に先行研究者の活動が定義しなおされ、提示されている。第一特集においては、サイエンスフィクションから生環境構築史概念の捉え直しのための時間概念の導入や地球の「再地球化」という発見的提示があった。これらは遂行研究者のみならず読者にとっても極めて啓蒙的な内容となっている。
4. 当初狙っていたにもかかわらず達成できなかったこととその理由
本来であれば、先行研究者へのヒアリングは内外の現地へ赴き、彼らの研究環境をも紹介する予定であったが、コロナ禍のため現地取材は果たされていない。しかしながらオンライン中心の取材においても、未公開写真の提供などがあり、内容としては遜色のない仕上がりが保持できている。この手法で例えば第二特集では在ワシントンの土壌研究者デイヴィッド・モントゴメリーとパートナーのアン・ビクレーに取材し、彼らの研究のみならず、彼らの生活思想や研究環境についても肉薄することができた。コロナ禍が終結すれば速やかに現地取材に赴きたい。
5. 今後の展開
今後、これまでを含む6年間で計12の特集研究を制作、公開予定である。
第三特集「鉄の惑星・地球」(2021年9月発行予定)では質量比で地球最多の元素である鉄に対する他領域からの検討を行った。鉄は、構築3世界最大の構築素材である。のみならず、その成分はヒトを含む多種多様な生命を駆動する必須元素でもある。
今後とも政治・共同体、経済・技術、生活・文化等のフィールドが接合的・横断的に論じられるような具体的トピックから、生環境構築史を深めるにふさわしい特集テーマを決定して、さらに探究を進める予定である。
2021年8月