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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2020年度

「大きな文化政策」を求めて――学際を超える試み

京都大学大学院教育学研究科
佐野 真由子

 文化政策をめぐる議論が、矮小化している。すべてに「評価」を求められる昨今、芸術団体等の現場が「文化の数値化」に苦労しているという現実が、その最新の局面である。しかし、矮小化の正体はもっと根深い。1990年代以降、文化への公的資源配分をめぐる議論が進展し、現行の文化芸術基本法につながる法制化も実現したが、「文化政策」という領域が認知されるほどに、そこで行われる議論は文化的な厚みを失った。そもそも20世紀後半に始まった文化政策研究は、制度化された文化行政の実情を追跡するか、そこに予算を引き出すための論理構築に終始することが多かった。
 しかし、「文化政策」などという専門領域が存在しなかった時代を振り返ればどうだろう。とりわけ近代日本の草創期にあたる19世紀後半、教育は言わずもがな、産業振興、都市計画等々に跨る国づくりの努力は、その全体が、日本社会の文化の将来を考えることだったのではないか。文化政策とは他の領域と競って狭義の「文化」を浮上させることではなく、そのような人間生活全般にわたる、混沌とした包括性、ないし基層性を取り戻すことによって、社会にとって真に意味を持ちうるのではないか――。

 本研究は、以上のような問題意識を出発点とし、「大きな文化政策」と称する、いわば最広義の文化政策のあり方を取り戻そうとするものである。共同研究メンバーが核となって大・小規模の研究集会を繰り返し、そこに自ら参加してくださる方々はもとより、ゲストという形で多領域の研究者、実務家を巻き込んできた。プロジェクトとしてはすでに2019年に着手していたが、本研究(助成対象)期間中には、小規模(10~20人)の勉強会を8回、大規模(70人程度)の公開討論会を1回実施した。各回の具体的な内容は、研究チームの名称である「新しい文化政策プロジェクト」のホームページで紹介している。
 本研究は、第一義的に、こうした実践自体を目的としたものである。「多領域を巻き込む」ことの内実として、一方では、自然科学、あるいは法律実務など、分野に境を設けることなく横の広がりを求め、一方では歴史家らとの議論によって、この社会の経験を縦の時間軸で掘り起こしてきた。それらさまざまな領域が、「文化政策と関係がある」のではなく、「その全体を包括するのが文化政策である」と認識できたとき、真の文化立国が立ち現れるだろう――そのためには、議論の場を継続的に設けて社会に浸透させていく以外に、方法はないように思われる。この実践は、今後も可能な形で続けていく予定であり、その延長線上で、現時点では2023年の早い時期をめざし、何らかの社会的提言を発したいと考えている。

 同時に、この議論の積み重ねを通じて、1)そもそもの問題意識の出発点であった文化政策の「矮小化」が、日本の近現代においてどのような段階を踏んで起こってきたのか、歴史的な見地から、より実証的に明らかにすること、2)そのうえで、「大きな文化政策」の「学」としての輪郭を抽出すること、という目的に到達する必要がある。これらは長期的なものだが、1年間の本研究の成果は、1)2)のために次に展開すべき研究構想を描きえたことである。
 1)に関しては、当初から持っていたやや常識的な理解(20世紀前半における対外文化政策の(外交からの)分離や、敗戦後のGHQによる「民主化」、1990年代以降今日までに展開した「市民が文化を享受する権利」の前景化、前・現政権の観光重視など)とは別に、旧制中学・高校が支えていた教養体系の崩壊、文化の支え手としての「(知的)上流階級」の消滅といった論点が、検証を必要とする重要な着眼点として浮かび上がってきた。
2)については、報告者自身の今後の研究として、「大きな文化政策学」を学ぶ学生のためのカリキュラムおよび教科書の作成という手段をとりながら、学問として可視化していく計画を立案しつつある。そのなかに1)の研究が吸収されることになるだろう。

 最後に、本研究は総じて、文化政策という特定の観点を超え、「学際」という概念を脱皮するための道程である。既存の複数の専門領域に跨るものとしての「学際」研究は、実は「学際」と謳い続ける限りにおいて、分解すれば元の領域を単位として構造を説明せざるをえず、その全体から、既存の何にも属さない新しいものを生み出すことは難しかった。これに対して、「人間生活全般にわたる、混沌とした包括性、ないし基層性」を謳う「大きな文化政策」は、「学際」を超えた真の総合領域をめざすケーススタディにほかならず、それはさらに、学問と社会実践という区分をも超越していく。ここまでのプロセスでは、こうした考え方を共同研究の実践によって具現化しようとしてきたが、ともすれば、慣れた「分野」別の観点に戻ろうとする力学が議論のなかに顔を出す瞬間もあった。それを本当に脱ぎ捨てることには、「怖さ」が伴う。今後の活動のなかで、さらに挑戦を続けていきたい。

2021年8月