成果報告
2020年度
研究者資料の学術資源化に向けた資料整理法の提案――実験物理学者・中谷宇吉郎資料を事例としたアーカイブズ学的実践
- 琉球大学島嶼地域科学研究所 特命助教
- 佐藤 崇範
1.研究の目的
自然科学の発展に寄与してきた研究者が残した研究ノートや日記、写真などの一次資料(以下、研究者資料)は、高い学術的価値が認められているにもかかわらず、その多くは適切な整理・管理が行われないまま、劣化・消失の一途を辿っている。本研究では、アーカイブズ学の知見から資料の整理・管理を行う専門職(アーキビスト)が、対象とする分野の研究者と協働で資料整理の実践を行うとともに、研究者資料の整理手法に関する研究を並行して行い、所蔵組織と資料の利用促進について方針を検討することで、研究者資料の適切な整理・管理と利用について、一つのモデルを提示することを目的とした。
2.研究の成果
資料整理の実践では、実験物理学者・中谷宇吉郎博士が残した研究者資料を対象とした。COVID-19流行の影響により当初の予定より遅れたものの、予定していた4回の資料整理作業を2年間で実施した。その結果、整理対象とした資料1,822点のラベリングと現状の撮影を終え、リスト化が完了した。また一部の資料については、過去に部分的に実施された整理作業の成果を関連付けることができた。
研究者資料の整理手法に関する研究では、国内外の物理学者資料の整理の現状について事例調査を進め、アーカイブズ学の見地から学術資源としての利用を見据えた分析を行った。日本国内の物理学者資料への関心と具体的な取組みについて変遷を詳細に調査するとともに、そこに大きな影響を与えた米国の物理学者資料等の保存・管理に関する動向についても併せて調査することで、日米の現状比較を行った。この成果をまとめて、日本アーカイブズ学会大会(2022年4月24日)で口頭発表を行った。また、米国物理学協会が設立したニールス・ボーア図書館アーカイブズが所蔵する物理学者の研究者資料を対象に、各研究者資料の編成、特にアーカイブズ資料の全体構成を把握するために重要な「シリーズ名」について語彙の傾向などを分析した。この成果をまとめて、日本博物科学会(2021年6月25日)で口頭発表を行った。
このような成果を踏まえ、2022年7月2日に一般公開の最終報告会を石川県加賀市に於いて開催し、約30名の方にご参加いただいた。また、同年8月1日に最終報告書を発行し、関係者・関係機関、研究者等に配布した。
3.研究で得られた知見
今回実施した資料整理では、アーカイブズ学に依拠した方法を採用した。つまり、対象とする資料が膨大であるため、資料一点一点を確認しながら目録作成するのではなく、資料のまとまりごとに簡便にラベリングし、資料の全体像と数量を把握することを優先した。これにより、次のステップとなる個別資料の整理作業について管理方針を検討できる状態とすることができた。また、過去の複数の目録を確認して時系列と記載内容を精査することで、一部、現在の資料整理作業にも反映させることが可能となり、作業の効率化を図ることができた。
研究者資料の保存・管理に関する研究から、日本における研究者資料の組織的な保存・管理体制の構築が米国と比較して進んでいない状況の背景として、日本では1980~90年代に米国のようにアーキビストが資料保存に係る指針やマニュアルの構築に関与できていなかったことが指摘される。また、米国物理学協会におけるシリーズ名の分析結果(語彙数、資料数)と比較しても、中谷宇吉郎資料は資料形態が多様である可能性を示すことができた。
4.今後の課題
本研究では、研究者資料を対象とした整理法についてモデルの提案には至らなかった。しかしながら、モデルを提案するための基礎研究としての役割は果たせたと考えている。
次のステップとして、資料所蔵機関と調整のうえ中谷宇吉郎資料の詳細な目録作成と利用促進についての検討を行うとともに、米国だけでなく、ヨーロッパ等各国におけるアーカイブズ学に基づいた研究者資料の整理手法や利用の事例についても調査・研究を進めながら、引き続き整理法のモデル化を試みる。
また、これらの成果を随時公開していくことで、日本でも物理学に限らず多様な分野の研究者資料が組織的に保存・管理され、学術資料として有効利用されていくよう取り組んでいく。
2022年8月
現職:琉球大学島嶼地域科学研究所 客員研究員