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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2020年度

日中戦争史研究の「国家史」からの解放―最先端的事例研究の総合化の試み―

東京大学大学院総合文化研究科 教授
川島 真

 本研究は日中戦争史研究を新たな史料群を用い、各分野で先端的事例研究を進めている4名の研究者が共同して、日中戦争の全体像を再考し、新たな全体像を提示しようとするプロジェクトとして申請された。
 提出段階で本研究が克服しようと考えていた課題は、先行研究の宿痾ともいえる二つの問題点であった。それは、⑴日中戦争史が日本史、中国史などの国家史に回収されがちで、多様な文脈が捨象される傾向にあったこと。この点でBarak Kushner, Men to Devils, Devils to Men: Japanese War Crimes and Chinese Justice ,Harvard University Press, 2015.などが、参考になるものの、多くは事例研究にとどまっており、概説や通史全体に影響を与えるところまでには至っていない。⑵あまりに事例研究が先行しており、全体像の議論が不足しているということである。1990年代以降、エズラ・ボーゲルらの努力もあって、日米中台などによる総合的な共同研究もあったが、必ずしも継承されていない。この二点が本研究の取り組もうとした課題だった。
 それぞれの参加者は、日中戦争史研究に関する新たな事例研究を想定し、それをもとにして総合的な議論を組み立てていくことを想定していた(川島=潮州・汕頭での華僑送金、ラジオ放送による宣伝/岩谷=国民党史料、人物アーカイブに基づく日中和解交渉研究/森=イギリス外交文書、連盟文書に基づく国家総動員体制や国際関係史研究/関=漢奸、対日協力政権関連史料に基づく研究)。
 だが、新型肺炎症のために海外資料調査、対面での研究集会などができず、研究計画は大幅に修正することを迫られた。そこで、これまでの日中戦争で十分に活用されてきていないいくつかの基本資料を取り上げ、オンライン研究会でそれを輪読しつつ、それに関連する外国の資料などを参照しながら報告、議論する研究会を2020年度には10回前後行った。2021年度も輪読する史料を変えながらそれを継続したが、このプロジェクト参加者4名が共に日中戦争の他のプロジェクトに関わることになり(日本国際問題研究所)、そこで川島真・岩谷將『日中戦争研究の現在 : 歴史と歴史認識問題』(東京大学出版会、2022年)、川島真・細谷雄一編著『サンフランシスコ講和と東アジア』(東京大学出版会、2022年)などとして成果を公刊した。2022年3月にそれが公刊されて以降、引き続き4名での研究会活動を再開した。
 経費はまだ残されているので、引き続き研究を継続する予定である。

2022年9月