成果報告
2019年度
中央一地方関係論の再構成:中央省庁出先機関の活動を手がかりとして
- 北海道大学大学院法学研究科 博士後期課程
- 山田 健
研究の動機・意義・目的
非常事態は、平時に潜在している問題を浮き彫りにし、顕在化させる。新型コロナウイルスは、行政官僚制に潜在している問題を浮き彫りにし、顕在化させた。
その問題とは、霞ヶ関と現場の距離である。昨年末に公刊された報告書では、厚生労働省が現場を統制しえなかったことや現場からの情報を迅速に収集した上で対策を講じられなかったことが、感染症対策に悪影響を及ぼしたと明らかにされた(API2020)。また、国の動きに対して、地方自治体首長による独自方針の打ち出しが目立ったことも、距離が顕在化した好例であろう(竹中治堅2020)。
この一端は、既にコロナ禍以前より見出されていた(飯尾潤2007:68)。すなわち、霞ヶ関と現場との距離は、人知れず問題化していたと考えられる。
他方、非常時に、霞ヶ関と現場が適切に情報を共有し、円滑な行政活動を展開した事例もある。東日本大震災に際して、国土交通省の出先機関である東北地方整備局が、本省・他の出先機関・地方自治体と連携を取りながら、迅速に道路啓開や港湾機能復旧をなしえたことは、その好例であろう。
では、このような霞ヶ関と現場の距離は、いかに形作られ、いかなる影響を行政活動や私たちの社会生活に及ぼしているのだろうか。この問いに何らかの答えを見出したいという思いが、コロナ禍以前よりおぼろげながら抱いていた、またコロナ禍によって確信に変わった、私にとっての一つの研究動機・意義・目的であった。
研究成果や研究で得られた知見
霞ヶ関と現場の距離を理解する上で重要な存在が、その間を取り結ぶ中央省庁出先機関という組織である。霞ヶ関に位置する中央省庁本省が、全国津々浦々を管理することは容易ではない。そのため、中央省庁の多くは、出先機関を通じて、現場レベルで政策を執行し、政策を形成するための情報を収集することで、全国的な政策を決定・執行する(阿利莫二1982)。出先機関が円滑に作動すれば霞ヶ関と現場の距離は縮み、作動しなければ霞ヶ関と現場の距離は広がる。そして、それは政策の質の良し悪しにも直結する。決して人目を惹く煌びやかな存在ではないものの、出先機関は、日本の行政の実態を捉えるためには見逃せない存在といえる。
しかし、中央-地方関係における出先機関の活動は、行政学の未解明な研究課題であった。国内外の研究によって、中央と地方の間で揺れ動く出先機関の様子は推論されてきた反面、その活動は実証的に明らかにされてこなかった(秋月謙吾2000;Young1982)。
上記研究状況のもと、申請者は、本助成の受給期間中に二つの研究成果を残した。
第一に、申請者は戦後復興期から高度成長期に至るまでの名古屋港整備事業を分析し、その成果(山田健2018)をふまえて追加的な史料調査・分析に取り組んだ結果、出先機関の行動様式の理解へと行き着いた。具体的には、横浜港を所管する運輸省第二港湾建設局が、名古屋港を所管する第五港湾建設局と同様に本省・地方自治体の双方から自律的に活動しつつも、その方向性が第五港湾建設局と対称をなしていることを見出した。すなわち、本省・地方自治体の双方からの自律性確保の在り方について、傾向の差異が明らかになったということである。申請者は、この傾向を中央主導型・地方後方支援型という出先機関の二つの行動様式として類型化し、現代行政史的に実証した(山田健2020a)。
第二に、申請者は出先機関の行動様式に対応した地方自治体の戦略を分析した。その結果、地方自治体が自らの行政資源と出先機関の行動様式に鑑みて、戦略的に中央-地方関係構築や政策決定にあたっていたことが明らかになった。そして、中央主導型・地方後方支援型という出先機関の行動様式に応じる地方自治体の対応戦略として、希釈・牽引・後景化・前景化といった多様な類型がありえたことを見出した。
上記の研究活動を通じて、出先機関の行動様式と地方自治体の対応戦略によって、中央-地方関係とその下での政策過程が形作られるという知見が得られた。たとえば、出先機関の行動様式(中央主導型)と地方自治体の対応戦略(後景化)が交錯したために、国主体の国家的事業としての鹿島港整備のみならず、それに付随して茨城県がしたたかに県勢拡大事業を展開しえた史実は、その好例である(山田健2020b)。
今後の課題・見通し
出先機関の行動様式と地方自治体の対応戦略に焦点を当てた結果、申請者は霞ヶ関と現場の距離が織りなす風景を視界に捉えた。また、出先機関と地方自治体の交錯の在り方が政策過程を形作る知見を得たことで、霞ヶ関と現場の距離の影響についても一定の理解が得られた。
他方、拙研究は出先機関を手がかりに中央-地方関係および霞ヶ関と現場の距離を総合的に説明するには至っていない。この点への自覚から、申請者は助成期間中より、国際比較や政策横断的な比較の視点の導入に取り組んできた。その成果は、可能な限り早く公刊したい。
2021年5月
現職:獨協大学法学部 特任助手