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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2019年度

診療現場における医療資源分配に関する意思決定過程の解明に関する研究

ブリストル大学医学部 博士課程
濱島 ゆり

研究の背景と意義
 人や医療機器、薬品などあらゆる医療資源には限りがある。英国、オランダ、北欧などの国々では、診療現場においてプライマリケア医がゲートキーパーとして、医療資源配分の意思決定を担ってきた。プライマリケア医は患者のニーズを検討し、専門医への紹介や特別な検査や医薬品が必要かどうかを判断することが求められる。順調に機能すれば資源の効率的で公平な配分につながるが、厳格に機能しすぎると医療を抑制する恐れもある。最近では、意思決定過程において、医師からの一方的な説明でなく、患者と医師が協働で意思決定(Shared Decision-Making)が行われているか、また患者中心の医療が考慮されているかということが課題となってきた(Greenfield et al.,2016)。
 診療の現場でプライマリケア医は医療資源の配分についてどのように意思決定を行っているか、そのプロセスを検討した。英国およびノルウェーで実施されたインタビュー調査では、資源が過少なために治療の選択肢が限られた場合、患者に意思決定の判断基準が明確に伝えられていないと報告されている(Carlsen & Norheim, 2005; Jones et al., 2004)。この背景として、医師が社会的役割を果たす一方で、患者との良好な関係を維持したいという潜在的希望が示唆された(Carlsen et al., 2005; Strech et al., 2008)。しかし実際のプライマリケアの現場において、医師がゲートキーパーとしての社会的な立場と患者の擁護者としての両者の関係をどのようにバランスを取りながら意思決定を行っているかということについては、十分に解明されてこなかった。
 現在のところ日本では、プライマリケアの現場において医師はゲートキーパーとしての機能をほとんど有していない(Kaneko et al., 2019)。しかし、今後社会保障費の増加に伴い、限られた医療資源の配分を求められることが予測される。特に、プライマリケアの重要性が増す中で、医師が限られた医療資源の中で患者にとって最良の選択を行うための支援をどのように行っていくかがが課題となる。今回、医師は患者のニーズをどのように対処して、医療資源の配分にかかわる意思決定を行っているかを日英の医療現場で検証を行った。

調査方法
 今回、プライマリケアの診療会話中に医療資源配分の話題がどのように取り上げられているか、また患者ニーズへの対応について調査した。調査にあたっては、医師のゲートキーパーとしての役割の歴史が長い英国において、One in a millionとよばれる診療データベースを利用した。このデータベースには、ブリストル市内の12か所の総合診療医の診療所において2014年7月から2015年4月の間に収録された約300件の診療風景と、診療の前後で実施された医師および患者調査の結果が収蔵されている。今回の調査では、患者の診療前調査における期待するサービスを患者の需要とみなし、特に他医や専門医への紹介を希望した患者を含むケースを選択した。会話の書き起こし原稿をもとに、発言の意味や会話のテーマ、さらにそれぞれの関連性について分類を行いながら質的解析を行った。
 さらに、患者の調査票をもとに、患者が期待した医療サービス(他医への紹介、新規処方、検査)が受けられなかった場合、この意思決定について患者が自身の参画をどのようにとらえたか定量評価を行った。診療前に期待した意思決定に関する選好と、実際に診療後に患者が認識したアプローチの相違も計量的に比較した。さらにどのような場合において、患者と医師の協働での意思決定がおこりやすいかということに関して、多変量解析を用いて検討した。

これまで得られた知見
 現時点の調査で得られた主な知見は下記の通りである。今回分析したケースにおいて、医療資源配分も含めた様々な場面で、英国の総合診療医は社会的役割と患者擁護者としての役割とを頻繁に切り替え、組み合わせながら診療を行っていた。例えば、社会的役割であるゲートキーパーとして患者の要望を断る場合には、一方で患者擁護者の立場として患者の選好を模索し、提供可能な他の選択肢を提示していた。さらに、調査票に基づく計量学的調査では、期待した医療サービス(他医への紹介、新しい処方または処方の変更、診断学的検査)が得られなかった患者において、ほかの集団と比較して、患者と医師の協働意思決定の割合が高かった。今後、どのような要素がこの協働意思決定の起こりやすさに関連しているかについても解析を進める。

今後の見通し
 アーカイブを用いた調査については今年6月末までの完了を予定しており、7月には英国内の学会及び国際学会でポスター発表を行う。
 また今夏から秋にかけて日英のプライマリケア医を対象として、ゲートキーパー機能についての認識や医療資源分配に関わる意思決定における医師の役割について、コロナ禍の医療体制も踏まえ、英国及び日本の医師へのオンラインによるインタビュー調査を行い、現状を調査する。

 

2021年5月

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