成果報告
2019年度
公共図書館における社会的分断を乗り越えるための〈場〉としての機能と役割に関する基盤的研究
- 筑波大学大学院図書館情報メディア研究科 博士後期課程
- 河本 毬馨
公共図書館は,人種や宗教,収入,学歴,性別,年齢にかかわらずすべての人が利用できる<場>である。また,信頼できる情報や知識を蓄積し,後世に伝えるという役割を持っている。社会的分断やフェイクニュースが問題視される現代において,公共図書館には資料収集や保存といった伝統的な役割にとどまらない場としての役割を果たすことが期待されている。そして,これまで<場としての図書館>という研究領域では,建築学,社会学,教育学,哲学など学際的な観点からアプローチされてきているが,「公共図書館の場としての機能や役割とその変遷」について全体像を捉えることは困難であった。
そこで,本研究は<場としての図書館>の機能や役割の全体像を解明することを目的として行った。この目的を達成するために,以下の3つの課題を設定した。具体的には,(1)場としての図書館の機能や役割の概念モデルを構築すること,(2)概念モデル構築に必要な分析手法を検討すること,(3)場としての図書館の機能や役割の発展の変遷を明らかにすること,である。本研究は,多くの研究領域にわたって重要視されている<場としての図書館>において共通の土台となる理論的基盤を提供すること,また分断などの社会問題に対応する場の提供を図書館サービスの一つとして確立することに貢献するものである。
本研究ではまず,課題の(2)概念モデル構築に必要な分析手法を検討することに取り組んだ。背景として,概念モデルの構築のために質的内容分析を用いることとしたが,従来の質的内容分析は課題を抱えていた。具体的には,解釈を重視する帰納的アプローチを取る場合にも複数人で分析(コーディング)することが前提とされていることが,個人の詳細な解釈を妨げる原因となっていた。そこで本研究では単独の分析者が分析を行うシングルコーディングを採用することとし,関連する教科書や学術文献のレビューを通して以下の7段階で構成される独自の手法プロセスを検討,提案した。すなわち,(I)分析対象テキストの部分的な帰納的コーディング,(II)テキスト内頻出語分析,(III)帰納的コーディングとテキスト内頻出語から仮のコードリストの作成,(IV)専門家,複数の研究者と仮のコードリストの検証,完成,(V)分析対象テキスト全体に対してコードリストを基にコーディング,(VI)一定の時間をあけた後,コードリストを基に再コーディングし評価者内信頼性を算出,(VII)コードリスト最終版の確定,である。
次に課題の(1)場としての図書館の機能や役割の概念モデルを構築することに関して先述した手法に則り,場としての図書館に関連し,公共図書館を対象としており,かつ英語で記述されている学術論文,業界紙,博士論文,会議録計141件に対して分析を行った。場としての図書館の機能・役割に関して付与したコード総数は2,288件,表出した最小単位のコードは106であった。次に,106コードに対してグループ化と抽象化を繰り返し,3つの象徴的基盤,11のカテゴリーとそれに付随する31のサブカテゴリーに整理することができた。図1はカテゴリーと象徴的基盤を示したモデルである。
図1. 場としての図書館の機能と役割概念モデル
最後に課題の(3)場としての図書館の機能や役割の発展の変遷を明らかにすることに関し,これらのカテゴリーがどのように変遷してきたのかについて時系列分析を行った。対象文献の出版年は1960~2010年代であったが,図書館の場に関する議論は1990年代から活発化したことが分かった。1960~1980年代のコード数は合計39件とあまり多くないが,コードの所属カテゴリーを見ると知性,創造性,文化と歴史,中立性,平等性,利用者の自律性向上,公共性,社会性,友好的の9つが既に現れており,1990年代から徐々に新奇性,私的,象徴的基盤(英知,遺産,公共社会)が出現していた。サブカテゴリーに多少の増減はあるものの,公共図書館の場としての機能と役割は,本質的に11カテゴリーと象徴的基盤をテーマに議論され続けてきたことが分かった。
本研究では全体的なカテゴリーと変遷を明らかにすることができた。今後は現代の事例を対象とした場合にもカテゴリーが十分に適用できるのか,また特定事例における変遷などを明らかにし,現場レベルでの活用が可能なモデルへの発展を目指したい。
2021年5月