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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2019年度

宝くじの人類学:ICT技術と結びついたギャンブル実践に着目して

立命館大学大学院先端総合学術研究科 一貫制博士課程
荒木 健哉

研究の背景・目的
 ナイジェリアでは、2006年の政府による宝くじ販売の合法化法案の施行によって、それまでインフォーマルに営業していた数字宝くじやスポーツ・ベッティングの店舗が遡及的に合法化された。2010年以降、都市部では特にスポーツ・ベッティング市場の規模が拡大し続けている。その一部の企業は、オンラインでの販売だけでなく、スマートフォンで遊ぶためのトークンと現金の交換や、送金サービスを併せたアプリケーションを開発した。こうしたオンライン・スポーツ・ベッティング(以下、OSBと記す)は職場や家庭でもプレイでき、誰にも知られずに配当金をオンライン上で個人口座に送金することを可能にしたが、興味深いことにナイジェリア人の中にはあえてスポーツ・ベッティングの店舗に出向いてOSBをプレイする者たちもいる。店舗では、劇的な勝利で大きな賞金を得た場合、その場にいた人間から賞金を配るよう圧力を掛けられることが多々ある。なぜナイジェリアの人々は、個人で消費できるはずの賞金に対して分配圧力が生じる場でOSBを行うのか。本研究では、この問いを機械による計算と経験に根差した計算に関する議論を参照し、OSBがナイジェリアのギャンブル実践にもたらした意義を明らかにした。

計算機械による未来予測と経験に基づく未来予測
 ギャンブルを生産活動とは区別される余暇活動・消費として位置づける西欧諸国では、スロットマシンやオンラインカジノなど機械と対戦するギャンブルを主対象とし、「依存」がいかに機械的に構築されているかが議論されている(cf. N.D=シュール2018『デザインされたギャンブル依存症』、青土社)。機械化されたギャンブルは、プレイヤーが単体で遊ぶ環境を最適化する。その最適化は、機械による計算の代行を指す。勝利予測や見込まれる配当金額からギャンブルの収支まで、プレイヤーは機械が計測した過去・現在の記録をもとに賭けを行う。こうしたギャンブルにおける機械の計算は「健全な」遊び方の可能性を開くと同時に、個人に複雑な計算可能性を錯覚させ、ギャンブルへの依存を高めることにも帰結する。
 これに対して文化人類学では、ギャンブルそれ自体の収支計算は普遍的なものではなく、各地域の計算文化によって特徴づけられていることを明らかにしてきた。例えば、A.アパデュライは『不確実性の人類学』(2020年、世界思想社)でM.ウェーバーの計算概念を再訪し、利潤は会計(計算)手段によって生まれた概念であることを強調している。現在の機械による収支計算の元となる西欧の代数機序による思考法は、近代西欧の発明品なのである。
 非西欧地域におけるギャンブルの多くは贈与経済に埋め込まれており、ギャンブルは貸し借りや負債の返済、互いの影響力を競い合う社交の一部でもある。それゆえ、ギャンブルをめぐる収支計算は、贈与や分配、それに伴う社会的評価の操作とともに独自の計算方法と金銭管理が目指されることもある。例えば、A. Picklesは Pocket calculator: a humdrum‘obviator’in Papua New Guinea?(2013, JRAI (N.S.)19, 510-526)の中で、パプア・ニューギニアの都市における、衣服に取り付けられた大小沢山のポケットの意義を各人の金銭管理術に結び付けて論じている。同地では、持ち金は多ければ、誰かからの無心を誘発する。それゆえ、支払いの際に持ち金を取引相手に見せることになる財布での一元的な金銭管理は忌避される。気前の良い金銭の分配はその人の評判を上げるが、他方で過剰な分配をすれば、お人よし/間抜けという評価も下される。そこで人々は、複数のポケットに金銭を分散させ、各ポケットに隠す金額を決め、ポケットの膨らみの誇示による他者評価や分配の回避をめぐる戦略と個人の金銭管理を組み合わせる。そこでは、個人の手の大きさに適切な大きさのポケットが布地に取り付けられ、ポケット中で手の感覚だけで適切な紙幣を抜き取る工夫がされている。これは、利潤をめぐる収支計算と社会関係をめぐる計算とを接合させる「計算」である。

機械化されたギャンブルと贈与の戦術
 ナイジェリアにおいて店舗でOSBを実施する者たちにも、Picklesが述べたのと類似した「計算」が組み込まれている。彼らは一方で、機械による勝敗予測や金銭管理を実行しているが、他方で機械と個人との関係に基づく計算を場面ごとの社会関係に依拠して変更する。店舗で配当金を受け取り、その場に偶然に集合した人々に分配することは、その個人を「英雄」にする。それはその個人に一時的なカタルシスをもたらし、集まった者たちと次なる賭けへの希望を共有する機会となるだけでなく、「彼/彼女はギャンブルでかなり稼いでいるに違いない」という疑いを晴らし、過剰な無心を回避する契機にもなりうる。他方で、店舗で通常の賭けしかせず、常に配当金を見知らぬ他者へと分配すれば、重要な家族・友人への贈与の機会を失うこととなる。それは家族や友人に「賭けに耽溺する愚か者」と評価される契機となりうる。この意味で、本来個人でプレイするOSBを店舗で行うこととは、オンラインでの収支計算とそれに基づく配当金の占有と、配当金の一部を露呈させることによる賭けの希望の分かちあい、贈与・分配を通じた評判の操作という二重の必要性をやりくりする方法となるのである。  

今後の展望
 新型コロナ禍が収束し次第、本格的なフィールド調査を通じて、彼らがオンラインでの収支計算と物理的な場での贈与を、現金と電子貨幣をいかに使い分けるかの事例を多数収集し、貨幣の可変的利用と分割可能性の限界について考察を深めたい。

 

2021年7月

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