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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2019年度

地域型アートプロジェクトは多様性と創造性を文化にできるか 取手アートプロジェクトの20年から探る人的芸術文化資源の変容と展開

特定非営利活動法人取手アートプロジェクトオフィス 事務局長
羽原 康恵

地域社会とより具体的な関係を結びながら取り組む芸術活動の実践は、日本国内では1990年代の萌芽ののち2010年代には各地に広がった。ソーシャリーエンゲージドアートの中でも、特定の地域を土台に展開する地域型アートプロジェクトは、取り組まれる主体・地域の状況・目的意識によってその形態は異なる。今回の研究対象である取手アートプロジェクト(TAP)は、日本における地域型アートプロジェクトの草創期末にスタートした古参のプロジェクトのひとつとして、構成員である公民学(取手市・市民・東京藝術大学)の三者共同を土台にしつつ、現場の運営は市民が主導するという組織形態が1999年の発足以降続いてきた(2010年度には市民が中心となりNPO法人を設立)。多様なステークホルダーの関与のもと、芸術活動を媒介に地域社会との接続を様々な形で試み続けてきた取手での20年は、まちの風景にささやかな変化はあれど、目に見えぬ人の変化はなされてきたのか。本研究は、都心通勤者のベッドタウンとしての機能を果たしてきた典型的な郊外都市である取手の実践に焦点を当てて人的資源の変容を辿ることで、日本各地に広がる「郊外」が新たな文化を獲得する方法のひとつにアートプロジェクトは有意なアプローチをしうるのか、という課題意識からはじまった。

研究活動は、これまでの活動記録やドキュメントなど対外的に発信されてきた客観的事実ではなく、記録に残っていない、活動に携わった個人の声を集めることから着手した。TAPの活動は、各フェーズにおいて市民・行政・大学・企業等様々な立場にある人々の参画を得て成り立ってきたが、今回のインタビューにおいては、それぞれの立場からではなく個人として、活動参加時の主観的な記憶についての聞き取り調査を行うことを重視した。対象は、活動発足の1999年から現在までにTAPに携わった個人とし、類型は①スタッフ ②アーティスト ③行政職員 ④プロジェクトチームメンバー/ボランティアスタッフとした。

2019年度の研究期間においてはいくつかの検証が導き出された。例えば、アートプロジェクトを通じてテンポラリーに生まれるコミュニティの効果について、アートプロジェクトでの経験が以降の公共の場での振る舞いに影響を与えうることが、プロジェクト参加者へのインタビューから傾向として抽出できた。また、アーティストや参加している他のメンバーの発言や行動など、他者に対する新鮮な発見の記憶をほぼすべての人が実体験として持っており、他者への興味や理解が喚起される経験を、アートプロジェクトを通じてほとんどの参加者が得ていることが確認できた。取手の実践にひもづく本研究のテーマは、郊外におけるアートプロジェクトの小さな実践が、多様性と創造力に親しむ生き方のきっかけになるのではないか、という実践の中での実感した現場の経験からスタートしている。もちろん、そもそも高度経済成長期以降の移住者と旧来の住民が混在する郊外においては、衝突と寛容、そして共生が試みられてきた。そのような試行の蓄積の上に一旦均質に至ったかに見える郊外において、再びそこに暮らす個人とともに、取手でのアートプロジェクトは実践されてきた。アーティストの意思のみでなく、その場に関わる個々人の感覚が活動に反映されることで構築されていくアートプロジェクトにおいては、活動の拠り所となる「価値」が、中長期の時間軸のもと活動を重ねることで自ずと緩やかに更新され、それぞれの参加者に身体化されていくのではないか。

コロナを経験して以降、その効果がアートプロジェクトを担う運営のコアだけでなく、また活動実施時のいっときではなく、生活の中の価値観、いわば共有される文化にまで波及するものになりえるための鍵を、他地域にも敷衍するものとして見出すことに更に強い動機を持った。したがって、その鍵を探るため、2020年度以降は更に対象を絞り、「取手アートプロジェクト人材育成プログラム」「取手市に定着した芸術家・アートマネージャー等」に継続調査を行っていく。アートプロジェクトはその性質上、刻一刻形を変え更新されていく社会的文脈に対峙し、常にアップデートされる。TAPの変遷の中には、郊外都市を巡る状況や価値観の変化との連動が見て取れ、それは運営に携わる人間も含めたプレイヤーと、敏感に社会への呼応を常に希求するアーティストが同じ場に居合わせ関係することに大きく起因する。日常の中で自身の感性を生かして暮らせること、それが自らの在り様を決め他者と互いに豊かに生きるための大事な価値であることを、地域型アートプロジェクトが小さく地域に提示し続けることで波紋のように広がっていけるはずという予感がある。

TAPは2020年現在、当該地域における芸術インフラとも捉えられる恒常的な文化芸術機能の運営管理を担いはじめ、より公共的な役割を果たすことが期待される局面にある。本研究を通じて見えてきた個々人の価値観の変容を支える仕組みを、他者との関係性が一変したコロナ禍以降の社会においてこそ更に必要不可欠なものとして、取手での実践を伴いながらさらに研究を深めていきたい。

2020年8月

サントリー文化財団