成果報告
2019年度
移住した震災ボランティアと地元住民がタグを組んで実践するまちづくり
- 常磐大学人間科学部 教授
- 旦 まゆみ
1.研究の成果および進捗状況
本研究の2年目である今年度の目標は、宮城県気仙沼市唐桑町に残っている「唐桑町屋号電話帳(2002年作成)」に照準を当てた。「唐桑町屋号電話帳」は、唐桑半島の12行政地区における氏名、屋号、屋号の読み、電話番号、住所が地区、隣組単位で記された1995件からなるデータである。東日本大震災後に気仙沼に移住してまちづくり活動に従事している「まるオフィス」メンバーが地域の人々との交流の中で、存在を知ることとなった貴重なデータである。
以下の2点を明らかにして、今後の活動に確かな方向性と最初の一歩を記したいと考えた。
(1)地域の人とともに実践する「まちづくり」の材料として、「屋号」の活用方法を探ること
(2)東日本大震災以前の唐桑半島における地域の人の生活空間について、「唐桑町屋号電話帳」からいかなる示唆が得られるかを考察すること
(1)については、「まるオフィス」が、毎年春休みと夏休みに大学生を対象として開催しているワークショップにおいて、地理情報システムGISソフトであるSurvey123を用いた「屋号まち歩き」調査の実施を企画した。さらに大学生のワークショップで得られた成果を、地域の人々、特に小中高生に提示して、調査への参加を募るという計画を考えた。しかしながら、2020年3月以降の新型コロナウィルス感染拡大を受けて、春休みに企画していた大学生のワークショップは中止となり、10件のパイロット調査を実施したのみで、当初のスケジュールは、現時点で可能な方向へと組み換え中である。
(2)については、「唐桑町屋号電話帳」のデジタルデータ化、記載住所のジオコーディングを経て、1995件の位置データを出力し地図上にプロットした。さらにゼンリンZmap(2006年度版)の建物データに重ねて、「屋号電話帳GIS版」を作成した。家屋の形態、屋号の有無、隣組の色分けなどが他の地理情報と共に表示され、震災以前の唐桑半島全域における様子を、家屋と屋号の観点から、地図上で観察・分析することが可能となった。
2.研究で得られた知見、今後の課題
2018年度は、気仙沼市役所に働きかけ、市の調査という形で震災後に気仙沼市へ転入した人を対象とするアンケートを実施した。その調査において、転勤で転入した「転勤組」と転勤以外の理由で転入した「非転勤組」の2つのグループに分けて分析をおこなった。「非転勤組」には、震災ボランティアとして気仙沼を訪れ、地域の人々と一緒に復興を手伝った若者が含まれる。注目すべき点は、この2グループの平均値の差の検定から、「気仙沼を自分のふるさととして暮らす」という設問に対する「非転勤組」の「とてもそう思う」という回答が、「転勤組」に比べて統計的に極めて有意な差が認められた点である。この「気仙沼を自分のふるさととして暮らす」と考えている転入者とともに、この地域独自のまちづくり方法を構築して、その夢を実現したい、と考えたのが上記の2019年度の活動の骨子である。
そして現在、感染症対応のため唐桑半島における実地調査ができない状況となり、改めて認識したのは、「地域の実践者と伴走する共同作業である」という活動体制が、オンラインを駆使することで、東京と気仙沼というそれぞれの地盤において続行できる強力なタグであるという点である。「まるオフィス」のメンバーは、屋号調査の参加者を大学生から、地域の小中高生を巻き込む方向へと軸足を移しつつある。8月末には、地域の古老から気仙沼の高校生と東京の大学生がオンラインで「屋号の話を聞く会」の開催を予定している。東京では、地理情報システム学会において「唐桑半島の屋号語彙とその分布」と「地域を構成するクラスター:気仙沼市唐桑町屋号電話帳を用いたネットワーククラスター分析」という2つの研究発表をおこなう(GISA10月オンライン開催)。
今後の方向としては、GISソフトを用いた調査の有用性について地域の人々の理解を深め、この「屋号まち歩き」を最初の一歩として、いろいろな「地域のお宝さがし」が発信されるように、「まるオフィス」メンバーと継続して活動してゆきたいと考えている。GISソフトを用いる調査をおこなう利点は、調査結果に位置情報が付帯され地図上に可視化できる点である。2018年度に培われた気仙沼市震災復興企画課とのパイプを通して、市の観光案内に調査結果を掲載することを働きかけることも可能であり、インバウンド観光客や新たな移住者獲得の一助として、まちづくりを推し進める強力なツールとなりうると考えている次第である。
図1.「唐桑半島屋号電話帳」屋号プロット
図2.崎浜地区の屋号プロットと建物
図3.屋号を記した瓦が屋根にある建物
(3月のパイロット調査で撮影)
2020年8月