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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2019年度

和歌の発祥の地で現代の「短歌を詠む」文化継承に関わる社会文化的要因の研究

奈良大学社会学部 教授
島本 太香子

1 研究目的と背景
 奈良は文学表現としての和歌が盛んに詠まれた土地であるにもかかわらず、現代社会においては「短歌を詠むこと」への関心は薄れている。
 奈良県内の短歌結社の枠を超えて設立された大和歌人協会は、万葉時代から「歌を詠む」という大和の風土を守ることを目的に、50年にわたり短歌の魅力を伝える様々な取り組みを続けている。しかし、近年は新規会員の入会がなく会員の高齢化と減少が課題となっており、半世紀の歴史を持つ奈良万葉短歌祭も参加者が高齢化し、投稿歌も減少の一途をたどっている。
 本研究は、「自己表現の手法としての短歌」の魅力が地域の若い世代(子ども~40歳代)に定着し難い要因を調査し、日本の伝統文化を現代の言葉で表現する短歌を通じて、これからの地域文化を活性化する方策を、学際的に考察することが目的である。

2 新たに得られた知見
(1) 若い世代の意識調査から
 短歌を詠むことに関する大学生へのインタビュー調査、大学生への現代短歌の講義後のアンケート調査から、以下のような意識が明らかになった。①短歌そのものを敬遠する理由として最も多いのは、それまでの古典学習による先入観(テストの正解を記憶するもの、価値観が古い、言葉や意味が難解、自分とは遠い世界、おもしろくない)であり、学校では作歌に興味を持つ契機が得難く、短歌が自由に創作する文学であるとは認識されていない。②国語で学んだ短歌からマイノリティのイメージがある。③作品の発表や共有について、間違いの指摘や批判がこわいと感じるものが多く、表現技法の習得が作歌の目的と誤解していること、共有することへの恐れ、が作歌の意欲を持てない理由として大きかった。④作歌には興味があるが、作品の具体的な発表方法や機会がわからない。⑤歌会の場所が、公民館など若い世代が馴染みのない場所で、心理的に抵抗があり行きにくい。⑥短歌を作る知識がないため、そもそも何をどのように詠めばいいのかわからない。
 これらの調査から考えられる今後の方策としては、国語教育で上記のような短歌への先入観を生まない伝え方を検討、若い世代が親しみを持ち楽しむものとするための手法を探求、発表や共有方法をわかりやすく周知、共有の場において詠み手と読者の良好な双方向性を確保するなどである。若い世代に、歌を詠むことを「ポジティブな実体験とする機会」を作り、興味を持てたら「具体的な行動に繋げて」「継続する」ための適切な情報提供や歌会の運営が必要と考えられた。

(2) 短歌愛好者の意識調査から
 歌を詠むことが定着した対象として、歌会の参加者(50~90代)へのインタビュー調査を実施したところ、以下のようなことが明らかになった。①作歌のきっかけは、学校の恩師が歌会を主宰している場合が多くを占め、歌会で指導者に「習う」という認識が強い傾向があった。②次に多いのは、以前から作歌に興味があったが友人や身近な人から誘われて、実際に作歌の発表の場を得て、一緒に作歌を楽しめているという意見であった。③比較的若い50代などでは、短歌という定型に考えをまとめて表現し、コミュニケーションの材料とすることに意義を感じていた。④高齢者では、作歌が日常の知的活動となり、自分に必要な他者との交流として歌会が最適な場と認識されていた。⑤参加した歌会の内容に満足出来ない場合もあり、技法の指導がない、上達しない、参加者の批評に傷付く、参加者と価値観が合わない、現代語の意味がわからない、などを理由に作歌の継続が困難となる。⑥芸術家として人間としての特定の歌人に魅了され、その歌会に所属する場合もみられた。
 これらの調査から、どのような世代においても新しい短歌愛好者を生むには、短歌を知るきっかけが必要であり、参加する歌会に受容され、かつ歌を詠む動機や価値観がその歌会と一致している必要がある、と考えられた。高齢者においては、自己表現し、相互理解と刺激を受ける場として歌会が重要な意義を持つことが明らかになった。

(3) 歌人(主宰者)の意識調査
 歌人へのインタビュー調査から、明らかとなったのは以下の点である、①歌会を主宰する目的や理念は個人で大きく異なる。②伝統を重視する場合、異なる価値観には排他的となる。③若者の発想との乖離は全員が認識しており、新しい価値観や題材を積極的に歌会に取り入れようと考える主宰者がある一方、高齢になるほど、理解できないと諦めている場合がある。④国語(古典)教育のあり方を考えるべきとの意見が多かった。
 作歌の理念や歌会の運営方針が異なる主宰者が理事となり協会として地域活動を行う際、合意形成や調整が難航する場合がある。協会の運営において到達目標を共有することが必須と考えられた。

(4) 歌会の実情調査(歌会の目的や開催方法)
 県内の歌会の目的・開催方法・参加者募集について、ホームページやコミュニティ紙への掲載を調査したところ、歌会の目的から、以下のようないくつかの類型に分けられた。①全国結社の地方支部として歌会を開催、独自の理念で運営され、伝統重視型では指導者のもとで短歌の技法や作法を学び、経験年数や技術の上達が評価され、自分の位置を知ることが出来る。評価を励みとする人がいる一方で、閉鎖的で新しい参加者には敷居が高い場合がある。②交流を目的とし「雑談と雑学」と記載され、地域住民などにとって交流の場としても機能している。文学としての質の確保が課題と考えられた。③公民館や商業施設の「文化サロン」等の講座として開催され、期間限定なので、作歌を継続したい場合は講師の影響を大きく受ける。④歌人が個人で歌会を主宰し、既述の①③と重なる場合もある。主宰者自身の高齢化に伴い解散、休会となるものが相次ぎ、所属する歌会を失った歌人の作歌継続の方法が課題となる。⑤既述の①④から、様々な理由から独立した歌会で、少人数で構成される場合が多い。
 ①から⑤の開催場所は、ほとんどが地域の公民館または大型商業施設であった。

3 研究の成果
 伝統文化を学ぶことだけにとどまらず、現代の生活スタイルに合った自然な自己表現として「歌を詠む」文化を継承するために、特に若い世代にとっての「短歌のこれから」を考察し、地域における様々なレベルでの短歌会活動に活かせる具体的な方策を提案することを本研究の目的としていた。
 当初は、若い世代に短歌が浸透し難い社会学的心理学的な要因として、①世代間の価値観や教育環境の違い、を明らかにすることを主眼に、研究を計画していた。しかし、研究を進めるに従い、計画の時点では考慮出来ていなかった以下のような点に気付いた。②芸術作品としての短歌が持つ特性と、芸術ゆえに生まれる流派と排他性の存在。③思考を言語化し、定型の中に言葉をはめ込む脳科学・発達心理学的な意義。④短歌表現の言語学・音声学的な側面からの考察。⑤作品の共有の意義、コミュニケーション手段としての短歌の意義について精神医学・社会学的考察。
 これらの視点を加え、現時点での、短歌文学を伝承する上での課題と対策の方向性を以下に示す。

(1) 伝統を基盤に置きながら、若い世代に短歌の魅力を伝える方法の開発;例えば、学校と連携して児童や生徒が短歌祭に参加し、高校までの古典や国語学習に表現する楽しさや魅力を加える。大学生や青年に短歌祭の運営への協力を依頼し、作歌が自己理解を深めるのみならず、地域の文化継承活動につながるなど、短歌を継続するモチベーションを高める

(2) 指導者の意識改革;上記(1)の実現のために、大和歌人協会の理事は、次世代に「短歌を詠む文化」を継承するという目標を共通認識し、その方法論を模索する発想の転換が必要と考えられる。

(3)歌会や短歌教室の開催方法と現代生活に適合した広報;地域住民のニーズに応じた文化活動が実施される中、若い世代にも集まりやすい場所での開催などを検討する。オンライン歌会は若い世代には気軽に参加できる身近な方法であり、高齢者が参加しやすい対面歌会とのハイブリッド方式などを取り入れることが考えられる。

(4) 短歌入門者を受け入れる柔軟性;短歌入門者が先入観なく、様々な作歌理念の中から、個人の価値観と合致した歌会とつながるような仕組みが必要であると考えられる。そのためには、歌会を主宰する側が幅広い世代の価値観を受容する柔軟性が求められる。これは自己の存在の基盤として伝統と権威ある結社に所属することを望んでいる場合は困難な可能性がある。

(5)想いを言語化する意義と歌会での作品共有がもつ機能をいかす;歌を詠むことが自身のためとなり、歌会が自分以外の価値観との出会いの場となり、他者とのコミュニケーションの重要な機会となっている。短歌文学の継承には、短歌の芸術性の探求のみならず、地域コミュニティにとっての意義にも目を向けることが重要と考える。

(まとめ)
 歌を詠む意義や短歌との向き合い方は個人で異なり、作品を共有する際にも各自が求める楽しみ方や方法があり、異なる価値観と理念に基づいた千差万別の結社や歌会が存在する。今回、短歌の関わるホームページを検索し、現代社会において短歌の意義が多様化していることを改めて認識した。
 歌会がコミュニケーションの場として機能し、短歌が自己表現と他者との交流の媒体として重要な役割を果たしていることも多い。歌を詠むことが生活の質(QOL)の向上に有益な場合も多い。
 そのような短歌の多彩で多様な存在意義を、幅広い世代の短歌入門者に先入観なく伝えることは、短歌文学の継承のために不可欠なことである。今後は、様々な価値観を持つ短歌結社や歌会の主宰者が協働して短歌文化の継承を担うことが、大和歌人協会の重要な役割となっていくことを再認識した。

4 新型コロナウイルス感染症による影響
 2020年2月以降に開催を予定していた講演会、研究会、歌会は、外出自粛要請や三密回避のために、従来通りの対面での実施が不可能となった。またそれに伴い、予定していた参加者に対するアンケート調査を実施することができなかった。
 その後、感染症対策の中でも可能な研究方法について検討を行い、若い世代に対しては、WEB上で歌の投稿や意見の聴取などを行った。WEBでの対応が困難な短歌愛好家等に対しては、郵便での投稿連絡やアンケート調査、電話等による聞き取り調査となった。
 コロナ禍ゆえに、これまで行われていた対面の短歌会の意義を再認識する機会となったともに、オンライン歌会の試行から、新しい方法による短歌の振興の可能性と課題を考察できた。

5 今後の展開
 新型コロナ感染症対策のため開催できなかった、若い世代向けの講演会や歌会に代わり、現在、高校生、大学生の作品を集めた現代万葉集の編纂を大学生とともに行っている。募集の前半を終え、700首以上の歌が集まっており、引き続き後期の募集を行う予定である。
 これにより、若い世代の目線で、各世代にとっての‘今’のテーマについて特徴を分析し、①若い世代の自然な自己表現の特徴、②若い世代が作歌に興味を持つ方策、③これからの国語教育のあり方、などを歌人と研究者(言語学、比較文化論、国語教育など)の研究会(collaborative learning)として継続し、歌を詠む伝統文化を継承するための現代の課題をさらに抽出していきたい。

2021年3月

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