成果報告
2019年度
新技術「船舶自動識別装置(AIS)」が再認識させる日本の海洋法政策のジレンマ――日本領海内「国際海峡」存在認定問題とその対応方法
- 大阪大学大学院国際公共政策研究科 教授
- 真山 全
1. 日本の海洋法政策のジレンマ研究の論文公刊とそれへの反応
2018年度助成開始の本研究は、船舶自動識別装置(AIS)データから日本領海に通過通航権が適用される国際海峡があるかを検討するものである。海洋法条約上国際海峡は領海で覆われ公海(EEZ)同士を結ぶ「国際航行に使用される」海峡で、そこでは通過通航が認められ、核兵器搭載艦を含む潜水艦軍用機も通過通航権を持つ。AISデータで通航量が算出できれば国際海峡か否かの判断は容易になる。主要法的論点は財団HP「過去の助成先2018年No.128」及び本文書下掲論文を参照されたい。
2年目の2019年度初には、鹿児島県トカラ海峡(2016年に中国軍艦が通過通航を主張して通った)等に関しAISデータを解析し、通航確保重視の米等なら間違いなく国際海峡と判断するであろうほどの通航量が確認された。このことを研究代表者・分担者共著で論文化したが、投稿先の国際安保関係学会誌編集委員会が2ヶ月放置する椿事が出来した。結局2020年3月刊『国際安全保障』(47巻4号)に掲載された。
日本政府が触れたくない事実の指摘として拙稿は意味があったと見え、国際海峡の存在を否定したい日本の防衛実務担当者が早速反論を試みた(海上自衛隊幹部学校戦略研究会『コラム』159号)。AISデータは決め手にならないといった批判は予想されたもので、それが最終決定手段とは我々も思っていない。AISデータを示され外国海峡と比較されたら日本は有効な反論が困難になるのではないかという指摘が本研究の眼目である。通過通航に関する国家実行が十分でなく「不確定な面」があるので、領海法附則のいう特定海域を設けた上で、日本領海覆域海峡における国際海峡有無には沈黙するという40年来の政策は、日本の法解釈を示し外国に積極的に反論することも「不確定」故に避ける消極的なもので、これをそのまま続けていてよいのかというのが本研究のより中心にある主張である。
2.外国海峡AISデータ取得と島嶼間海峡の重要性
日本領海覆域海峡に国際海峡があるかは外国海峡通航量との比較を要す。外国海峡データ取得は本研究当初からの課題で、引き続き作業中である。
この作業において法的に興味深い論点が更に浮上した。即ち、島嶼間海峡と直線基線取込海峡の地位である。本土と島からなる海峡とは異なり、これらの地位は海洋法条約上もはっきりしない。前者は日本では南西諸島や小笠原諸島等の海峡で、後者は例えば甑島・宇治・草垣と九州の間の海峡である。AIS解析からは相当数の外国船舶航行があり、石垣多良間では通航船舶の大多数が外国船舶ということも判明し、2004年中国原潜潜航通過時に仮に国際海峡該当性が主張されていても強ち荒唐無稽ではなかったのかもしれないことを今更ながら知った。直線基線取込海峡については内水化されても無害通航権が残り、過去の通航量次第では国際海峡として残るのかも問われる。北極海のその種の海峡に関する加の対米法政策が日本にも対中政策の観点から参考になると考えていたが、日本直線基線取込海峡は加海峡のような歴史的水域性はなく加同様の通航権否定には困難があることも分かった。
本研究は、通航確保優先の諸国と完全にはそうなりきれない国の対立という海洋法上の普遍的問題を扱う。後者の日本が国際海峡を制限的に解せば「同盟国」である前者米の足を引っ張るが、米と同じリベラルな解釈なら中国海軍通過通航を制限できないジレンマに陥る。中国もAISの意味に気が付いている。非領水回廊があるとはいえ奄美大島横当島間を中国原潜が拙稿刊行後ほどない2020年6月に通ったが、早晩、日本領海覆域海峡の軍用機上空飛行か原潜潜没航行が見られよう。AISデータという動かぬ証拠から通過通航を外国から主張される前に対応を考えるのが本研究で、国際法の他、航法電子機器・艦船航空機運用・シミュレーション・安全保障の専門家によるこの共同研究はかなりの成果を収めたと評せる。
2020年7月