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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2019年度

古代から中近世にわたる山城・城柵・グスク・チャシの変遷に関する研究~構造の3次元モデル比較と防禦機能に関するシミュレーション~

佐世保工業高等専門学校一般科目歴史科 教授
堀江 潔

(1)研究目的と方法

北部九州から瀬戸内海沿岸にかけて散在する古代山城のうち、文献史料に記載の無い神籠石系山城は、7世紀半ばから8世紀に至る古代国家形成史の解明のための重要なファクターであるが、その歴史的意義が定まっていない。本研究は、資料の寡少さという古代山城研究上の限界を克服する一つの試みとして、古代山城だけでなく、約3,000kmの空間スケールをもつ日本列島各地に通時代的に造営された防禦施設を備えた城郭-東北地方の古代城柵、中近世山城、南西諸島のグスク、北海道のチャシ等-に研究対象を広げ、ドローン空中撮影で獲得した写真測量画像をもとにSfM/MVSソフトウェアを用いて3次元モデルを作成し、それらを用いた構造比較と相互の影響関係の検討、防禦機能のシミュレーションを行うことを目指すものである。

(2)研究の進捗状況

2019年度には次の19ヶ所の踏査を実施した。古代山城:鞠智城(熊本県)、おつぼ山神籠石、帯隈山神籠石、基肄城(以上佐賀県)、女山神籠石、雷山神籠石、怡土城(以上福岡県)、播磨城山城(兵庫県)。古代城柵:志波城(岩手県)、秋田城(秋田県)。中世山城:佐志方城、広田城(長崎県)、唐船城、千葉城(以上佐賀県)、脇本城(秋田県)。グスク:具志川城、糸数城、玉城城、知念城(以上沖縄県)。これらのうちドローン空中撮影を実施したのは帯隈山神籠石、基肄城、志波城、秋田城、脇本城、具志川城、糸数城、玉城城、知念城の9城である。これら9城に加え、古代山城:金田城(長崎県)、杷木神籠石、高良山神籠石、御所ヶ谷神籠石(以上福岡県)、永納山城(愛媛県)、讃岐城山城(香川県)、近世山城:利神城(兵庫県)、チャシ:ウトロチャシ、オロンコ岩チャシ、エンルムチャシ(北海道)等について、本研究遂行の基礎資料となる3次元モデルの作成実験を行った。ウトロチャシ・オロンコ岩チャシ・エンルムチャシ・志波城・脇本城・利神城・具志川城については『佐世保工業高等専門学校研究報告』第56号(2020年1月公開)に3次元モデル作成実験の概略をまとめた。

(3)研究で得られた知見

古代山城は北部九州と瀬戸内海沿岸という限られた地域のみに造営されたが、個々の山城の立地・地形は多様で、古代山城の機能は一括りに評価することはできない。各山城について、個別に立地や地形を明確にして防禦機能を考察する必要がある。従来の多くの研究では、同時代の山城の中で比較研究が行われてきた。本研究は、立地・地形が共通・類似する、異なる時代に造営された山城の比較を試みるもので、突き詰めれば「城とは何か」という根源的な問いの追究となる。

踏査やドローン空中撮影の過程で特に注目されたのは、通時代的に、海に突き出た半島や海食崖に山城が造営された事例である。これらは丹念な踏査が困難あるいは危険を伴う地形にあることが多く、実際に立入禁止となっているところも少なからず存する。このような事例に関しては、ドローン空中撮影と3次元モデルによって獲得できる「空中に視点を置いた山城の立地・地形把握」と、「3次元モデルを用いた山城の立地・地形の可視化」という本研究の研究手法が特に有用である。

(4)今後の課題

初年度は、山城の踏査・ドローン空中撮影のための探査出張に多くの時間を割いた。しかし2020年3月以後はコロナ禍による出張規制等により、予定していたドローン空中撮影を断念せざるを得なかった。今後コロナ禍の状況を見計らいながらドローン空中撮影を実施し、本研究の基礎資料となる3次元モデルを増やしていく予定である。

初年度の成果に基づきつつ、踏査を行った山城と共通・類似する立地に所在する異なる時代の山城を選定し、城内構造・防禦機能の比較研究を進める予定である。精密な3次元モデル作成のためには、3次元モデル作成技能の向上に加え、その前提となる写真測量画像の撮影方法の高度化、撮影技能の向上が必須である。また、初年度に着目した、海に突き出た半島や海食崖に山城が造営される事例の防禦機能の検討に際しては、海底地形の把握も重要となる。船舶の喫水が積載量・機動性能を決めることになり、喫水より浅い水深の場所には船舶は進入できないため、海底地形は敵軍船舶の軍事力がどの程度山城に肉迫できるかを決定する要因となる。水中ドローン等を活用し、海底地形の詳細な把握につなげていきたい。

初年度の研究遂行の過程で、各地方自治体が、山城を観光リソースとして活用する意欲を強く持っていることを認識できた。今後は、研究活動やその成果を地域振興に活かしていく方法についても積極的に考えていく予定である。

2020年8月

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