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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2019年度

シチズンサイエンスの普及にむけた概念整理とプラットフォーム構築の提案

大阪大学全学教育推進機構 准教授
中村 征樹

市民が科学研究の一翼を担うシチズンサイエンスが、近年、日本でも広がりつつある。2019年11月には市民天文学者たちが銀河の研究の進展に貢献するプラットフォームとして、市民が銀河の分類を行う市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)」が国立天文台により公開された。また、京都大学古地震研究会が2017年に立ち上げた「みんなで翻刻」プロジェクトでは、多数のボランティアが古文書の解読(翻刻)を担うことで、膨大の歴史資料の解読が進められている。シチズンサイエンスの普及は、市民が膨大なデータの収集や分析を担うことによって科学研究の進展を加速させるとともに、科学研究と市民社会のありかたを大きく変えていく可能性を秘めている。他方で、シチズンサイエンスの活動は多種多彩であり、また、市民が収集したデータの科学的信頼性の問題や研究の実施に伴う倫理的問題など、多くの課題も指摘されている。

本研究では、日本におけるシチズンサイエンスの今後の普及を見据え、国内外のシチズンサイエンスの動向を調査し、シチズンサイエンスの健全な普及・発展にむけて留意すべき論点と課題を整理した。さらに、シチズンサイエンス推進の基盤となるプラットフォームのあり方について検討した。そこから得られた知見は以下のとおりである。

第一に、シチズンサイエンスとして近年、注目を集めているのは、冒頭で紹介したようなオンラインでのデータ収集・分析を主軸とする学術研究貢献型のシチズンサイエンスである。しかしもう一方で、反公害運動を契機として市民運動の文脈で取り組まれてきた社会問題解決型のシチズンサイエンスの系譜もまた重要である。後者はかならずしも自分たちの活動がシチズンサイエンスであると認識しているわけではないし、学術研究貢献型のシチズンサイエンスとは独立したかたちで展開されてきた。しかし、科学研究の社会との関連性(societal relevance)の強化という観点からは、市民運動の文脈で取り組まれてきた市民調査などの活動を、シチズンサイエンスの文脈のなかにきちんと位置付け、その拡充を図ることが重要である。

第二に、学術研究貢献型、社会問題解決型のいずれのシチズンサイエンスも、日本においてはその基盤がぜい弱である。学術研究貢献型のシチズンサイエンスは多くの場合、研究者の個人的な努力と熱意に支えられており、また、単発のプロジェクトとして継続性を欠くことも多い。他方で社会問題解決型のシチズンサイエンスも、欧米のNGOが一定の財源を確保し、学位をもった研究者を雇用するなど、確立された基盤のもとで研究活動を展開してきた事例が少なくないのに対して、日本の社会問題解決型のシチズンサイエンスでは基盤の脆弱性が否定できない。さらに近年、欧米では、米国の「クラウドソーシングおよびシチズンサイエンス法」(2017年)や、EUの研究助成プログラム「Horizon 2020」におけるシチズンサイエンスへの重点的な予算配分など、シチズンサイエンスが科学技術政策のなかに明確に位置づけられ、政策的に推進されてきた。

そのような状況を踏まえ、日本でシチズンサイエンスの推進をはかるにあたっては、シチズンサイエンスにかかわる情報を共有し、意見交換を行うプラットフォームを作り出すことが必要であろう。日本では、個別のプロジェクトを超えた連携はいまだ不十分であるが、海外では欧州シチズンサイエンス協会、米シチズンサイエンス協会、オーストラリアシチズンサイエンス協会、シチズンサイエンス・アジアなどが活発に活動を展開してきた。それらの取り組みを参照しながらも、日本のシチズンサイエンスの具体的な状況を踏まえたプラットフォームのあり方を検討することが重要である。

研究者と市民のあいだにどのような関係性を築いていくのか。シチズンサイエンスを通してなにをめざすのか。日本におけるシチズンサイエンスの普及と健全な発展にむけた方策について、本研究でこれまでに得られた知見を踏まえて引き続き検討していきたい。

2020年8月

サントリー文化財団