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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2019年度

エアバスの歴史――欧州統合史として見る政府間協力からグローバル企業への脱皮

北海道大学公共政策大学院 教授
鈴木 一人

本年度の研究会では、エアバスの歴史を「安全保障の論理」「雇用の論理」「国際競争の論理」の三つの「論理」を分析枠組みとして取り扱い、エアバスの創成、発展、冷戦による混乱、グローバル競争への展開という時期区分を設け、それぞれにおいて、どの「論理」が優勢であったのかを通して見ることで、時代と共にエアバスがその性格や目的を変遷させ、時代と共に流動的に変化していったことが、現在に至るまでのエアバスの成功に繋がっているのではないか、という仮説に基づき分析を進めた。ここから明らかになったことは、単にエアバスという組織・企業が柔軟に時代に対応していったというだけでなく、グローバル化の進展と共に、欧州統合の性格が変化し、その文脈の中でエアバスのあり方が規定されていったということである。

昨年度までの研究で、エアバスが創設された1960年代には、参加国である英仏独西の国家的な目的を遂行するための道具として位置づけられていたことを明らかにしたが、それは「安全保障の論理」と「雇用の論理」に重点が置かれ、それらを尊重しながらでも「国際競争の論理」を追求することが可能であった、ということである。それは、「フライ・バイ・ワイヤ」のような新しい技術と、米国企業製の機体にはない優位性があったからであり、そうした「商品」としての競争力を高めることで、エアバスの組織や経営が雇用や安全保障を重視した非効率なコンソーシアム形式であっても、成立することが可能であったことを意味する。

そうした国際競争における技術的、商業的優位性が挑戦を受けるようになったのは、やはり冷戦の崩壊が大きかった。冷戦の崩壊により、アメリカの軍需産業の再編が進み、巨大企業となったエアバスのライバルであるボーイング社は、エアバス機に対抗するためのB777やB787といった機体を開発し、さらに日本やその他の同盟国を巻き込む形で新たな技術を取り入れた製品を作ることで、国際競争において優位に立とうとした。この挑戦を受けてエアバスも、これまでのように技術的優位性のみで国際競争力を維持することが困難になってきた。そこで大きな問題になったのが、国営企業であるフランスのアエロスパシアル社の民営化であり、雇用を重視する立場であったジョスパン大統領(社会党)が民営化を決断したことで、エアバスの新たな組織が「国際競争の論理」を基調に構築されることとなった。

さらに、1990年代の旧ユーゴ紛争などを通じて、米欧間の軍事介入に対する能力ギャップが明らかとなり、欧州は軍事的な能力がないために米国の能力に依存せざるを得ない状態であることが強く認識されるようになった。特に欧州は部隊を前線に輸送し、補給を維持するための軍用輸送機の装備が不十分で、その能力をアメリカに頼らざるを得ない状況にあった。これは言い換えれば旧ユーゴやアフリカ・サヘル地域において欧州が軍事介入を実行しようとしても、米国の協力が得られなければ実現しないということを意味していた。そのため、欧州の空輸能力を確保するため、EUは欧州防衛装備庁(EDA)を創設し、その最初のプログラムとしてエアバスの軍用航空機であるA400Mの開発に着手した。これにより、軍用機は各国ごと、民間旅客機はエアバスという棲み分けが崩れ、エアバスが直接安全保障に関わる軍用機の開発に関与することとなった。これまでもユーロファイターやユーロコプターなど軍用機であっても欧州各国がコンソーシアム方式で協力して開発・製造するケースは見られたが、コンソーシアムではなく単一企業となったエアバスが軍用機を開発することで、これまでの「(国家)安全保障の論理」から「(欧州)安全保障の論理」へと政策の「論理」が展開していったことで、エアバスを巡る歴史は新たな局面に入った。

しかし、2000年代に入り、エアバスは新たな問題に直面している。格安航空会社(LCC)が台頭することで、エアバスの中型機であるA321などの売れ行きが好調な一方、ナショナルフラッグキャリアが主要路線での大量輸送にシフトすると見込んで開発した総二階建てのA380は、LCCとの競争でフラッグキャリアの経営が悪化し、大量輸送路線よりも小回りのきく中距離路線の増発を進めたことで、大型機の売れ行きが悪くなり、エアバスの経営を圧迫した。またボーイングの巻き返しにより、より効率的な中型機市場が活発になる中、B787に対抗する形で投入されたA350WXBが健闘しており、この分野での競争も激しくなっている。このように「国際競争の論理」もエアバスが単一企業になったことで新たな局面を迎えている。

ただ、新型コロナウイルスの影響で世界的な航空需要が激減し、それに伴って航空機の需要やメンテナンス、部品の交換といった需要も蒸発した。これがエアバスにどのような影響を与えるのか、また航空業界全体の将来がどうなるのか、なかなか見通すことができない状態になった。今後もエアバスの研究を続けて行くことは、新型コロナウイルスの収束後の世界を理解する上でも重要なテーマであると考えている。

2020年9月

サントリー文化財団