成果報告
2019年度
権威主義体制国家と国際協力――アジア・中東・アフリカの比較からみるグローバル秩序の揺らぎ
- 日本エネルギー経済研究所中東研究センター 研究員
- 小林 周
近年、権威主義体制国家が国際協力の新興ドナーとして台頭し、独自の国益や地域戦略に基づいた対外援助を進めている。これに伴い、欧米諸国を中心として構築されてきた自由や民主主義を重視する国際協力の理念が揺らいでいると指摘される。同時に、近年の中東・アフリカ地域における政治的混乱やテロリズムの台頭は、権威主義体制国家が地域の安定や国民の安全に一定の役割を果たしていた現実を露わにした。
こうした中、権威主義体制に対する国際協力のあり方が再考されている。このような背景を踏まえ、本研究はアジア・中東・アフリカにおける複数の事例から「権威主義体制国家による国際協力」「権威主義体制国家に対する国際協力」を分析し、その現状とグローバル秩序に与える影響を検討した。
2019年度には、引き続き定期的に研究会を開催し、研究メンバーや外部専門家によるアジア・中東・アフリカなどの諸地域に関する分析、および「平和政策の多元化」や「Economic Statecraft」といったテーマでの議論を重ねた。また、国際会議や学会への参加、海外の有識者との議論を通じて、論点を精緻化させた。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一部計画を変更・延期せざるを得なくなったが、メンバー間での議論は継続した。オンラインに切り替えたことで、海外在住・分野横断的な専門家との議論が容易になったというメリットもあったほか、コロナ禍での各国の「国際協力」についても分析中である。
2年間の共同研究を通じて、以下の点が明らかになった。
第1に、権威主義体制国家が主体・対象となる「国際協力」は、自由・平等・人権といった既存秩序を支える「価値」の実現を志向してきた伝統的な国際協力とは性質が異なるという点である。権威主義体制国家による対外援助においては、戦略性や機動性が重視され、逆に透明性、説明責任、平等性、持続性が軽視される傾向が強い。これらは中国が進める「一帯一路」構想や、中東からアフリカへの援助合戦と軍事拠点構築といった事例に顕著である。また、西側諸国が地域の安定やテロ対策のために、権威主義体制を再建/強化することは正当化されるのか、という問いも共有された。
第2に、権威主義体制国家には、「国際協力」を通じてリベラル国際秩序を「再修正」しようとする意図はそこまで強くなく、むしろ既存の価値や制度を利用して、自国の利益に沿うように再解釈・再構築=「ハック」しているということも見えてきた。
しかしながら、上記の「ハッキング」の帰結として、既存のグローバル秩序・価値に揺らぎが生じていることが指摘できる。
これらの結果、第2次大戦以降に西側諸国が目指してきた、国際協力を通じた自由・平等・人権といった「価値」の実現が優先されなくなり、むしろ利害関係や地勢戦略(geo-strategy)を前面に出した対外援助が活発になっている。これは中国やロシアといった大国だけに顕著な特徴ではなく、中東諸国や中東欧諸国においても見られる動きである。このような中、西側諸国も権威主義体制国家による「国際協力」と影響力拡大に対抗するため、Economic Statecraftなどを通じた国益の維持・拡大を志向するようになっているが、これらの動きは結果として守るべき秩序を自ら毀損する結果につながりかねない。
研究成果は各メンバーが学術誌や専門誌、ウェブ・メディアなどに発信してきたほか、今後も学会でのパネル報告、公開セミナーの開催、報告書出版などを行って行く予定である。コロナ禍での各国の「国際協力」の動向や域内諸国関係の変化など、現在進行中の事例についても分析の対象としていく。
最後になるが、2年間にわたって研究助成を頂いたサントリー文化財団に、感謝申し上げたい。本助成によって、現地調査、国際会議・国内学会への参加、多様な研究者間のネットワーク構築が可能となった。積み残した課題はあるものの、今後も議論を重ね、またこれまでの知見を広く発信し、社会に還元していく所存である。
2020年10月