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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2019年度

イスラームと酒:シャリーア・国家・伝統文化の緊張関係を読み解く

日本学術振興会 特別研究員PD(受入れ機関:中央大学)
海野 典子

1. 研究目的

本研究は、イスラーム法(シャリーア)で理性を失わせる禁止行為(ハラーム ḥarām)とされている、酒というタブーをめぐるシャリーア・国家の法律・伝統文化の多様な解釈、及びムスリムと非ムスリムの関係を検討する。中東・中央アジア・東南アジア・南アジア・東アジアのムスリム社会における酒の宗教・社会・文化・経済的役割や酒に対する多様な認識を知ることによって、イスラームへの理解を深めることが研究の目的である。

2. 進捗状況と新たに得られた知見

計4回の打ち合わせや研究会(2019年9・12月は対面式、2020年4・6月はオンラインで実施)や各メンバーの研究を通して得られた知見は、酒に対するムスリムの認識が、時代・地域・年齢・ジェンダーなどの違いにより大きく異なっていることである。

現在、多数のムスリムが暮らす中東やアフリカ、東南アジアの一部地域では、酒の製造・販売・摂取のみならず、医療用アルコールの使用までもが規制・刑罰・忌避の対象となっている。飲酒をめぐるムスリムと非ムスリムの衝突が深刻な社会問題にまで発展する場合も少なくない。しかし、一方で、中央アジアやトルコのように、馬乳酒やワインが「伝統」的な食文化と見なされ、ムスリムによって愛飲されている地域も存在する。また、中近世のイスラーム世界において、ムスリム詩人の飲酒礼賛詩が好まれ、酒に酔って神との一体感を求めるスーフィー(神秘主義者)が活躍してきたという事実は、よく知られている。

飲酒するムスリムの論理はさまざまである。度数の低い酒はハラームではない・酩酊しなければ問題ない・神聖なラマダーン月の間だけ禁酒すればよい、などとシャリーアを柔軟に解釈するムスリムや、通過儀礼と称して度数の強い酒を一気飲みする若いムスリムもいる。さらに、美容健康のためと言って飲酒する中国ムスリム女性、結婚を機に入信した後も飲酒を続ける日本人ムスリムのケースは、ジェンダーの観点からイスラームと酒の関係を考える上で示唆的である。これまで研究メンバーが調べてきた上記の事例はいずれも、世界各地のムスリム社会における酒認識の多様なあり方を示していると言える。

3. 今後の課題と展開

今後の課題は第一に、飲酒を快く思わないムスリムが大多数を占める地域での調査方法を考えることである。こうした地域でフィールドワークを行う際には、飲酒しないムスリムへの配慮はもちろんのこと、①飲酒禁止の論理や過程に注目する、②周辺地域へも研究対象を拡大する、③電話インタビューを実施する、などといった工夫が必要である。第二の課題は、キリスト教・ユダヤ教・仏教・ヒンドゥー教をはじめとする、イスラーム以外の宗教との比較研究である。他宗教における酒の扱いについて、専門家を招いて講演会を開催したい。また、食文化研究、醸造学やビジネスの立場から酒とかかわっている人々にも話を伺う予定である。

2020年度は、日本国内の学会でパネルを企画することを考えている。また、助成期間終了後、可能な限り早いうちに、本研究の成果をまとめた一般向け書籍を刊行することを目指している。

2020年8月

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